コラム

財政再建へと向かうアメリカ、改革初年度の予算案はどうなる?

2011年02月18日(金)13時27分

 アメリカの財政はクリントン政権の1998年からブッシュ初年度の2001年までは黒字を達成していました。これは行革が成功したというよりは90年代のIT革命と金融グローバリズムが牽引した景気拡大のおかげでした。2002年からは、ITバブル崩壊の影響に、9・11テロのショックによる不況が重なり、更にブッシュの軍拡と減税の影響もあって、恒常的な赤字に陥りました。この傾向は、一旦好転を見たものの、ブッシュ政権の最終年である2008年の「リーマン・ショック」に始まる税収不足や、政府による景気刺激策などによって2009年、2010年と赤字幅が1兆ドルを越え、GDP比で10%に迫る状況です。

 これに対して、オバマ政権は昨年2010年の11月に、大統領の諮問委員会(財政規律委員会)による答申という形で、長期的な財政赤字削減の目標設定を行いました。内容は2020年までに3・8兆ドルの財政赤字を削減するという壮大なシナリオになっており、具体的には、(1)歳出カットとして「年金支給年齢を69歳へ引き下げ」「連邦政府の人員を10%削減」「軍事費を聖域化せず」などの措置を行う一方で、(2)必要な歳入増のため「ガソリン税のアップ」「不動産ローンの税軽減措置の一部カット」など国民に負担をさせるというドラスティックなものです。

 この長期計画は、歳出減と増税という「プラス、マイナス」だけでなく、一見するとこれとは矛盾するような以下の点も含まれていました。それは(3)日本でいう成長戦略に他なりません。具体的には、競争力維持のため法人税率は26%に低減、長期的な国力増強のため教育予算には投資をするという、長期的には税収を拡大するための方策です。この(3)に関しては、まだ弱さを引きずっている景気の回復を援護射撃するという目的も込められているのです。一方で、真の困窮層を救済するため「ワーキングプア対策費」を計上するなど、社会の安定度に気を配るあたりも「オバマ流」と言えるでしょう。

 ちなみに、この答申は「議長2名(民主党と共和党の出身者)」の共同仮提案として11月に発表されたのですが、諮問委員会の設置法では12月には委員会の採決を経て法律になるということになっていました。ところが、委員会の最終採決の結果は過半数を取ったものの、法律化に必要な3分の2という票は取れなかったのです。仮に法律化されていれば、以降の予算策定にはこの長期計画のガイドラインが「強制力」を持つことになっていたのですが、そこまでは行きませんでした。

 ですが、この委員会の活動を契機に、アメリカの世論としては「財政再建が最重要課題」というムードが確立していったとも言えます。そこには様々な政治的なファクターが絡んでいます。1つは、昨年2010年11月の中間選挙での結果です。共和党は、「政府の極小化」を叫ぶティーパーティーのグループを内包しながら、「大きな政府では財政が破綻する」と叫び続け、「財政再建」をテーマに選挙に勝ったという事実があります。この民意の重さということが1つあります。

 そして委員会報告が出たわけですが、内容がドラスティックでかつ説得力があったために、これはオバマ政権としても「財政再建をやるんだ」という意気込みを示したことになりました。そのオバマの「積極性」を評価した共和党との間では、その後12月末にかけて立て続けに法案可決の妥協が成立していったのです。

 更に、1月の胡錦涛訪米の際に「このまま中国が成長したら、アメリカは世界一の大国の地位から滑り落ちる」という、ややナショナリスティックな報道が目立ったということがありました。では、アメリカはどうしたら良いのかというと、「必死になって財政再建を」という解説や主張が多かったのです。「中国の脅威」があるから再度軍拡をというのではなく、中国経済と競り負けないように「軍事費カットも含む」財政規律を実現するんだという理屈で、考えてみれば健全な話とも言えます。ここ30年近く軍拡を後押ししてきた共和党が先頭に立って「軍事費も聖域化せず」という歳出カットに邁進し、オバマがそれに乗っているのです。

 今週は、そんな中でオバマの予算教書が発表になりました。この「委員会報告」によれば「改革初年度」にあたる2012年度予算に他なりません。では、オバマは委員会報告のガイドライン通りに予算を作ったのかというと、そうではありません。ブッシュ減税を延長して当初見込みより税収が減ったことなどから、ここ数年と比較すれば非常に厳しい緊縮予算ではあるものの、赤字は委員会報告の幅をオーバーしています。GDP比5・5%の赤字に抑えるはずが7%にとどまるということで、2011年の10・7%から見れば極めてドラスティックですが、共和党からはかなり反発が出ています。共和党は2011年度予算の残りの執行のための「臨時財源措置」もストップさせて、オバマを揺さぶろうという動きにも出ています。そんなわけで、この予算案が最終的にどうまとまるかは、長期的な財政規律の見通し、そして2012年の大統領選も左右する論点になりそうです。

 一方で、日本の場合は、ついに政局の力学が暴走し始めていますが、危機の深さということではアメリカの比ではないのですから、政策の選択肢を出して民意を問う流れが何としても必要です。例えばの話ですが、仮に民主党から「小鳩」が抜けて政界再編に発展するのであれば、自民党の主流派は総理の首を出せとか細かいことは言わずに「菅政権」を支えて財政規律と成長戦略をやるとか、そこまでやってようやく「軸」が少し分かりやすくなると思うのです。

 原口氏などの動きを見ていると、「小鳩」と「維新」が組む可能性もあるようですが、その場合は地方官庁や議員特権の「ぶっ壊し」を必死にやる勢力と、「友愛」の名のもとに色々な給付の維持や増税反対にこだわる勢力が組むという「はさみ撃ち」になるわけで、それでは政局であっても政策にはならないように思います。「菅・岡田+自民党開明派」が組めれば対抗出来るのではないでしょうか? それはともかく、力比べのヒューマンドラマを追跡するのではなく、選択しうるチョイスへと政界が集約されるようにジャーナリズムも存在意義が問われています。

 アメリカの財政再建に話を戻すと、日本への直接の影響も無視できません。新幹線の輸出が難しくなるとか、公共工事が削減されて工作機械が売れなくなるというような個別の問題もそうですが、軍事費の大幅カットは米軍基地の再編のみならず「日本が率先して緊張拡大に動く」ことへの強い牽制として働くでしょう。そうした直接の影響を考える視点と、先進国における財政再建のプロセスとして真剣に参考にする視点の双方から、この問題を追い続けたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story