コラム

北朝鮮による砲撃事件、アメリカはどう反応するか?

2010年11月24日(水)13時11分

 黄海にある人口5千人という韓国の延坪島(ヨンピョンド)に対し、23日の火曜日に北朝鮮が砲撃を行って韓国兵2名が死亡、民間人にも負傷者が出ているようです。時差の関係で同日朝に第一報の流れたアメリカでは、各ニュース専門局が断続的にこのニュースを報じ続ける一方で、株が売られるなど不透明感が増しています。ちなみに、砲撃と同時にソウルだけでなく上海や香港の株も下げています。

 私は今回の砲撃事件を契機に南北が深刻な戦闘状態に至る可能性は低いと考えます。ですが、天安艦雷撃事件に引き続いた重大な挑発であること、また北朝鮮や中国、そしてアメリカをめぐる政治情勢が今春とは異なっていることを考えると、政治的には非常に重要な事件であると思います。北朝鮮という一国が勝手な意志で引き起こした事件ではありますが、各国の受け止め方そして行動の仕方は、どうしてもそれぞれの国内政治の反映となるからです。

 アメリカのリアクションですが、まず第一報を受けての時点では、先行きが読めないことの不安がかなり出ています。不安というのは二種類で、万が一紛争が拡大した場合には、韓国経済ひいてはアジアの経済に大きな影響があり、それが回復基調にあるアメリカの景気の足を引っ張るという懸念です。株価が早速反応しているのは、主としてそのためです。またボズワース特使による北朝鮮核問題に関する日中韓の調整作業直後に起きた事件、特にオバマ大統領がウラン濃縮の実行という脅しに対して譲歩せずという意志を表明した直後に起きた事件ということもあり、核問題の解決が遠のいたという不安感もあります。

 そんな中、事態は国連安保理での対応をどうするか、つまりはその際の中国の対応がどう出てくるかを注視するということになってきました。今春の韓国哨戒艦「天安」への雷撃事件以降の展開と、とりあえずは同様の手順を踏むことになるのでしょうが、同様の挑発に関して2回続けて宥和的な対応を取ることは難しいわけで。中国に対しては、今度こそ強いメッセージを送るようにという外交努力をアメリカは行うことになります。

 一方で、アメリカの保守ジャーナリズムからは、例えばFOXニュースなどでは早速強硬論が出てきています。23日の昼のニュースでは、「黄海に米海軍を派遣」とか「ウラン濃縮施設の空爆」など、言いたい放題という感じでした。海軍の派遣はともかく、空爆というのは不可能だということはオバマは分かっているはずです。空爆は中国の工作をストップさせると共に、韓国や日本における反米軍感情を増大させ両国の意思決定を麻痺させることにもなるからです。北朝鮮は万が一核施設が空爆された場合は、そうした日中韓の政治的混乱に乗じて、公然と黄海での挑発をエスカレートさせるでしょう。そこで米海軍との睨み合いに持ち込めれば御の字ということになります。体制移行期にある北朝鮮としては、宿敵である米軍、それも本格的な海軍を黄海で挑発できれば、とりあえず国内体制の引き締めには相当な効果があるからです。

 一方で、アメリカとしては、核施設破壊に踏み切ればアジア経済が一気に暗雲に覆われる中、中国からも悪者扱いされ、日韓とも関係がギクシャクすることになります。最終的に、北朝鮮が堂々とイランやシリアへの「核弾頭付きミサイル」を供与するなどと声明を出すようになって、オバマとしては戦争か、それがイヤなら最悪の形での譲歩(これは政治生命の危機に直結します)に追い込まれる可能性が濃厚です。そんなわけで、核施設空爆というオプションはないに等しいでしょう。カーター元大統領がイランでのギャンブル(人質奪還作戦)に失敗した故事も想起されます。それ以前の問題として、アメリカは軍事費も聖域視せずという厳しい姿勢で財政規律の再生に取り組んでいます。軍のありとあらゆる行動がコストダウンの対象になっているのです。そんな中、高価な戦略は事実上不可能というお家の事情も無視できません。

 一方で中国経由でのネゴですが、中国頼みという状況は明らかである一方で、決して下手に出るわけには行きません。あまり下手に出ると、東シナ海や南シナ海でやや強硬に「対中バランス」を志向しているヒラリー外交も、人民元を巡る攻防でボロボロになりながら闘っているガイトナー財務戦略も崩れてしまうからです。アメリカとしては、対北朝鮮の外交では直接は譲歩できない、軍事強硬策は現実論としてできない、中国の圧力が頼みだがその中国に対して下手に出ることはできない、とまあ袋小路状態になっているのです。これでは、オバマの才能をもってしても打開は不可能でしょう。

 個人的な見解ですが、局面打開に必要なのは日米韓の団結であり、その固い団結の延長にロシアというカードを引き込むことだと思います。ロシアを引きこんで日米韓露の4カ国がまず中国に毅然として「北朝鮮を抑えよ」というメッセージを伝える、そして中国がノラリクラリとした無責任な言動に陥るのを防ぐ、そんな流れが考えられます。それにしても「天安」艦事件の時にも痛切に思いましたが、国連事務総長が紛争当事国の元外相というのは本当に困ったことです。少なくとも潘基文氏は、今回の問題に関して調停のイニシアティブを取るのはほぼ不可能だからです。

 さて、日米韓露の4カ国が結束しても中国を説得するのは難しいということであれば、一つの方法としては、この際であれば不本意ながら「北朝鮮の改革開放路線」を消極的に支持するというメッセージを送る、つまり「言論の自由なき資本主義経済」というモデルを中国が北に持ち込むのを黙認するということが考えられます。勿論、政権同士の「秘密取引」としてこうしたやり取りをするというのは、19世紀でもあるまいし不可能ですし不適当です。また分断の痛みを背負ってきた韓国を無視してこうした判断を行うのも不適切だとは思います。

 ですが、国際政治という複雑なパズルの中で、とりあえず全員が不幸にならないための次善の策として考慮する必要はあると思うのです。その際に「ヒトの移動の自由」をどう確保するかという議論の中で、拉致被害者など人権被害者を救出するチャンスは出てくる可能性がありますし、その点に関しては日韓連携の上で譲れない部分は譲らないことも必要になってきます。仮に日米韓にロシア、中国の「五カ国」が協調して「体制維持+改革開放+核放棄+挑発停止」という条件を示して、それでも北が蹴ってきたら、今度という今度は、ソフトランディングでの体制崩壊へ進むことになります。その際には中国も文句は言えないでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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