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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
菅首相はオバマの失敗に学ぶことができるか?
民主党の代表選は、下馬評通り菅首相が再選されました。いみじくも、議員票よりも党員・サポーター票で大きく差をつけて当選したように、今後の政局運営も永田町的なドロドロした抗争における巧拙よりも、世論との対話に全てがかかっていると言って良いでしょう。その点で、大変に気になるのが「オバマの(現時点での)失敗」の轍を踏むかどうかという点です。
まず第1は「自分はどんな人間か?」ということをしっかり示すことです。例えばイデオロギー、例えば過去からの自分の変化のストーリー、そして今後へ向けての自分の判断基準、つまり政治家としての「全人格」をしっかり世論に問い、必ずしも全員に共感はしてもらえなくても、理解はしてもらうということです。この点で、オバマ大統領は「やるべきことはやってきた」にも関わらず現在は苦境に立っているのですが、菅首相も同じように「やるべきこと」をやるだけでなく、オバマの失敗に学んで「自分とは何か?」をどう世論に説明するかを必死で考えるべきだと思います。
オバマの「失敗」は、ケニア人の父と白人の母の間に生まれ、後に母とインドネシア人の継父と共にインドネシアで少年時代を過ごしたという「アメリカ人としては例外」に属する育ち方をしたことに原因があります。オバマは2冊の著書で、そして政治家としての何度かの大がかりな選挙運動の中で、このことを隠さずに説明してきました。そのことに問題はないと思います。ですから「どうせイスラム教だろう」とか「本当は米国の国土で生まれたんじゃないんだぜ」という「草の根保守」の大好きな都市伝説に根拠はないということの説明は十分に尽くしていると思います。
では、どうして根拠のないデマが飛び交うのでしょう? それ以前にどうして「白人の草の根保守」は人格的にオバマを嫌悪しているのでしょうか? それは「少数派」である自分を、オバマは過度に誇っているからです。「そんな自分に夢を抱かせてくれたアメリカを誇りに思う」というレトリックは、リベラルには感動を与えますが、「多数派のはずの自分が社会でこんなに損な役回りをしているのに」という保守派の琴線には触れないのです。そんな中で、どうしても言動を修正できない、しようとしても効果的なスタイルが見いだせないまま支持率低下にあえいでいるのが、現在のオバマだと言えるでしょう。
この点で、菅首相は「元左派陣営」「元社会運動家」であった過去を、しっかり説明すべきだと思います。おそらくこの点で失敗すれば政権は立ち往生するし、30%ぐらいの確率で菅夫妻は「この点を攻撃されてボロボロになるのなら辞めてやる」という判断を下してしまう可能性がある、私はそう見ています。問題は2つあります。1つは「日の丸、君が代」などの国家観の問題であり、もう1つは経済財政政策において「分配を要求する側から全体の成長に責任を持つ側」に変わったという点です。
君が代の問題に関しては国会の質疑などで「以前は嫌いだったのでは?」などとネチネチとした悪意の「追及」を受けて「そんなことはない」などと言葉を荒げたこともありました。ですが、社市連や社民連などの活動をしてきた菅氏が若いときから「君が代が好きだったはずはない」し、そうだとしたらその方が「不信感を招くぐらい不自然」なのは今の40歳以上の世代には常識だと思います。勿論、「そうした時代」を知らない若い世代に誤解を与えるなどの理由で、保守派は突っ込みを入れてきているのでしょうが、この点は逃げる必要はないし、逃げてはいけないと思います。
例えば「ある時代までは日本の過去の戦争に反対し、今後もできるだけ軽武装を貫きたいと考えている国民の半分ぐらいの人は、君が代について倫理的に世界に負けた記憶を重ねて距離を置いていた、そんな時代があったのです。私もその1人でしたし、民主党だけでなく自民党の政治家でもそういう方は多いと思います。しかし・・・」として「しかし」以降に国民の平和への努力の結果、世界からも平和国家として認知されるようになって君が代への「わだかまり」も消えていったし、「私もそうだ」というようなキチンとした説明はすべきでしょう。
もう1つの「分配を要求する側」から「全体の成長に責任を」という立場の変化ですが、この点に関しては菅首相には「可哀想な部分」もあります。というのは、一連の経済政策に関しては本当に「全体の成長」をやりたいという信念を持ってやろうとしているのは間違いないからです。ですが、財界や世論から、あるいは国際社会から見ると、基礎的な用語を知らないというようなことが、大変な不安感になるわけで、これはどうしようもない面があります。ですが、不安感を与えることは許されないわけで、とにかく自身が猛勉強をすることと、筋の良いブレーンを使うことが肝要と思います。
オバマの第2の失敗は「結果が出ない」ことです。景気と雇用という国民の最大の関心事に関してどうしても数字が好転しない、その結果として「長期的に見れば必要なことを間違いなくやった」という一種の「中道超然主義」のようなポジションにオバマは見えるのです。そこを「我々には目先の改善がどうしても必要」という左右のポピュリズムに攻撃されている中で、立ち往生してしまっています。
菅首相の場合も全く同じです。日本の将来のためには財政規律を回復したいとして、そんな自分が代表選に勝ってしまうと、市場は「財政にメスが入る」という材料で円高が進行しました。こうした「長期的な最善手と短期的な結果」の矛盾というのは、経済財政政策ではありがちなのです。ですから「財政に関してはこのまま放置しておけば、逆に超インフレ、超円安になって国民の生活水準が大きく損なわれる危険がある。これを防止するというと思惑で円を買う人が出るのは市場の性格として仕方がないが、自分は介入を含めて断固とした措置を行う」という短期と長期の矛盾を踏まえた言い方をしっかり練ることが大事だと思います。
オバマはこの点で、最初のうちは上手くいっていましたが、最近は切れ味が乏しくなっており、これが支持率低下に拍車をかけています。そんなわけで、稀代の政治家であるバラク・オバマという人でも、現代の大衆政治のシステムの中で、しかもグローバル経済という複雑系の中ではかなり苦労しているわけで、その失敗にはいくらでも学ぶ点があるように思います。
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