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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
オバマ時代になってかえって難しくなった人種問題
(編集部からのお知らせ:このブログの過去のエントリーが加筆して掲載されている冷泉彰彦さんの著書『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』〔阪急コミュニケーションズ〕が発売されました。全国の書店でご購入ください)
史上初の黒人大統領として、バラク・オバマがホワイトハウス入りしたことで、アメリカの人種問題はほとんど解消したような印象を与えたのは事実です。実際に、2009年1月の就任式の際には、白人と黒人が手を取り合って喜ぶ、そんなシーンが報道されたものです。白人が「黒人大統領を選んだ自分たちを少しは誇って良いのでは?」と問いかけると、黒人が「イエス」と答える、そんな光景もありました。
それから1年半、事態は思うようには進んでいないようです。むしろ、オバマという黒人大統領の登場により、問題が複雑化したとも言えるのです。今週は、そうした「オバマ時代の人種問題」を象徴するような事件がありました。他でもない、連日ニュースのトップ扱いになっている、米農務省の黒人女性官僚の解雇取り消し事件です。シャーリー・シェロッドという黒人女性の官僚が、「白人に対する露骨な人種差別」の発言をしているというビデオが発言の字幕付きで保守系の人物によりその人物のブログに掲載されたのですが、この「スキャンダル」は24時間でアッと言う間に広まり、例えばFOXニュースのビル・オライリーなどは口を極めてシェロッド女史を非難したのでした。
問題のビデオの内容ですが、農政の仕事の中で困窮農民の救済を担当していた同女史は「全米黒人地位向上協会」(NAACP)での講演で「白人の男性から農地差し押さえを
受けそうだという相談を受けたが、真剣に対応しなかった」と語ったというのです。その部分だけを見れば「白人」というだけで敵意を感じ、差別的な対応をしたように見えるわけで、農務省としては「これはマズイ」ということでシェロッド女史を解雇してしまったのでした。ところが、シェロッドさんサイドの取材をしていたNBCなどがすぐに報道したところでは、問題のビデオは悪質な編集をされたもので、差別的に見えた部分はシェロッドさんが講演の中で「引用」した部分であり、実際はその相談者の白人老夫婦はシェロッドさんの措置に感謝しているというのです。
ホワイトハウスは、慌ててギブス報道官やビルザック農政長官に「平謝り」をさせる一方で、シェロッドさんには復職をオファーしていますが、本人は本稿の時点では態度を保留しています。「私はもっと根深いものを感じているんです。史上初の黒人大統領に解雇された史上初の黒人官僚という妙なエピソードを孫の代まで語り継ぐのはイヤ」というシェロッドさんの22日朝の発言(NBC)から受けた印象では、彼女は相当に怒っているようですが、それも当然と言えるでしょう。
問題は、オバマ大統領が登場したことによって、白人と黒人が「ある意味で本当に平等に」なってしまったことにある、妙な言い方ですが、私はそう見ています。数年前までは、例えばオバマ大統領が若いときに交際していた「ラジカルな」黒人牧師のジェレミア・ライト師のように「白人=加害者」として「黒人=被害者」が糾弾するという構図はある種「許される」ことが多かったのです。ですが、オバマが大統領に上り詰める過程で、いみじくも「ライト師との過去」を切り捨てたように、こうした姿勢は許されなくなって来ているのです。
今では、白人のことを「単に肌の色だけを理由にして」奴隷所有者の子孫だと糾弾したり、不利に扱ったりすることは「レイシスト(人種差別主義)」という非難を浴びることになりました。そこには、オバマが大統領になって差別が消えたという漠然とした感覚を背景にして、「生まれながらにして白人=差別者の汚名を着せられるのは理不尽」という保守系白人の被害感情を核に持った「ティーパーティー」の存在感など、様々な要素が入り組んでいるように思います。
この問題に関しては、最終的にオバマ大統領がシェロッドさんに直接謝罪したようですが、こうした行動が度重なると、今度は「ティーパーティー」系の人々が「やっぱりオバマは白人敵視」などと勘違いしそうな気配もあります。ライト牧師の問題の時は、こうしたトラブルを乗り越えてオバマが大統領になれば、人種問題は解決に向かうだろうと多くの人が思っていたのですが、なかなかどうして上手くいっていないわけで、そんな中、オバマ大統領の求心力は綱渡り状態になっています。
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