コラム

中間選挙の注目は共和党の女性候補たち

2010年06月09日(水)12時04分

 中間選挙まで残り5カ月に迫る中、各州では予備選が最高潮になってきています。中でも注目されるのは、今週の火曜日、8日に行われたカリフォルニア州の2つの共和党の予備選です。まず、州知事ですが、前職のリコール後の選挙で話題を呼んだアーノルド・シュワルツネッガー知事も2期目を終えることとなり、州憲法の規定により3選出馬は禁止されているために退任します。その後任として、ここへ来て有力となっているのが共和党のメグ・ウィットマン女史です。

 とにかく、現在のカリフォルニア州知事というのは全国的に見ても大変に注目を集めるポジションであるのは間違いありません。州財政は慢性的に破綻状態であり、これをどうやって乗り切るのか、並大抵の手腕ではダメという状況があるからです。逆に考えれば、このカリフォルニア州政府を立て直すことができるような人物が現れれば、その実績はそのままホワイトハウスに直結しているとも考えられるのです。

 さて、このウィットマン候補ですが、出身はビジネスの世界で、他でもないネット・オークションの大手「イーベイ」の経営者でした。1998年に彼女が入社した際には、わずか30名の従業員で売り上げが400万ドル(4億円弱)だったイーベイを、退任するまでの10年間に従業員1万5千人、売り上げ80億ドル(7200億円)の巨大企業に育て上げた実績は、いわゆるシリコンバレーのサクセスストーリーの中でも代表的なものの1つでしょう。組織を細分化し、責任と目標管理を明確化することで多角化と国際化を成功させた手腕は、もしかしたらこの州の財政再建を成功させるかもしれないと、注目されています。

 もう1人、同じカリフォルニアの連邦上院の候補を狙っているのは、同じくシリコンバレーのスター経営者であった、カーリー・フィオリーナ元HP(ヒュレット・パッカード)社会長です。フィオリーナ女史の実績も、ウィットマン女史に負けてはいません。というよりも、女性としてそもそも既に巨大であったHPを統率した点で、知名度はこちらが上かもしれません。とにかくコンパックとの合併を強行する中で、創業家との確執を力で押し切った手腕、そして超巨大化した合併後の新HPを良くも悪くも全世界でのシェア確保のために普及価格帯での勝負に突っ走った際の潔さなどは、何とも強烈なキャラクターです。

 90年代までのアメリカでは、どんなに女性が頑張っても政財界の頂点を極めるのは難しく、そこには目に見えない「ガラスの天井」があるのだという言い方がされていました。フィオリーナ女史は、その「ガラスの天井」を叩き壊した1人であることは間違いないでしょう。仮に今回の予備選で勝利したとすると、11月の本選では民主党のリベラル派の現職バーバラ・ボクサー女史との一騎打ちということになります。

 では、この2人はどうして共和党から出るのでしょうか? そこには、いくつかの要因があると思います。恐らく個人的な思いとしては、自分たちは「女性というハンディを克服して男性優位社会と戦って勝利してきた」という強い自負があるのでしょう。その自負は、「女性の権利を政策として優遇する」発想へのアンチになるということがあると思います。人権という理念に依存しがちなリベラルとはどうしても一線を画したがるのです。もう1つの要素は、財政赤字の問題です。企業家としての観点から、連邦並びに州政府の財政危機は見過ごせない、自分たちが企業経営で成功したノウハウを使って、何とか財政再建をやってみたいという強い思い、これはどう考えても共和党的な発想法になります。

 共和党といえば、その中には「ティーパーティー」運動という草の根保守の動きが渦巻いています。この「ティーパーティー」のグループは、今回のカリフォルニアから出馬した2人の「女性IT長者」には距離を置いています。財政再建への意欲は買うが、所詮はエリートの億万長者で庶民感覚は薄いと思われている点が1つ、IT業界出身ということで、社会価値観は「進歩派」ではないかという「疑念」を持たれていることもあります。

 例えば、フィオリーナ女史に関しては、前回の大統領選に際してマケイン候補の「応援団」の1人として遊説に同行したことが何度もあったのですが、運動の中で「ペイリン副大統領候補(当時)」に対して能力的に「疑問」を呈したことがありました。この「お高く止まった姿勢」については、今でもペイリンの熱狂的な「ファン」からは「あの女だけは許せない」という怨念を持たれているようなのです。当のペイリンはフィオリーナを上院の候補として支持しているそうですが、保守派との間で多少の軋轢はまだまだあるでしょう。

 予備選の結果が出るのは、時差の関係もあって本稿アップの少し後になると思いますが、いずれにしてもこの2人の動向は興味深いと思います。仮に2人とも予備選に勝利した場合は、カリフォルニアの場合は「ダブル選挙効果」となって本選でも両方のポジションを取る可能性があるからです。特にウィットマン候補の知事はこのまま行くとかなり有力で、その勢いでフィオリーナまでボクサーに勝つようですと、上院の勢力地図には大きな影響が出ることになります。また、中道派のベテランがどんどん切られている中で、「ティーパーティー派」ばかりが目立つ共和党内で、「新顔ながら穏健な実務派」が輝くというのは悪いことではないようにも思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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