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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
中国ルールという「法家思想」に負けるな
週末に毒入りギョーザ事件の容疑者が逮捕されたというニュースが流れました。金曜日にその第一報が流れた時には、「どうしてこのタイミングなのか?」という疑問を多くの人が抱いたと思います。中国として鳩山政権を安心させるためなのか、それとも何か恩を売りたいのか・・・結果的にはそのどちらでもありませんでした。
火曜日に入って別のニュースが流れました。中国はかねてより死刑判決の出ていた日本人の麻薬密輸事件の犯人について、4月に死刑を執行すると通告してきたのです。これで、どうしてこの時期に毒入りギョーザ事件の容疑者を発表したのかの謎が解けました。ギョーザ事件の容疑者の父親に「自分と息子の命で償う」という恐ろしい発言をさせた背景も理解できるように思います。
中国当局は勿論否定するでしょうが、この2つの発表は「セットでのメッセージ」であると考えるべきでしょう。それは、中国という国は「法家思想」の統治を行うという宣言に他なりません。法家思想というのは法律それ自体による支配であり、例えば法家思想そのものを古代の秦国に提案した韓非という思想家は、自らの提案した法によって死罪になっています。
これを一言で言えば、法律の条文に最高権力を与える発想であり、同時に人間の本性は悪であり、厳罰をもって臨まなくては社会は乱れるという性悪説に他なりません。紀元前3世紀の韓非とほとんど変わらぬ思想を、この資本主義と開発独裁の入り交じった現代中国は国是として掲げている、その宣言です。
同時に日本の世論対策という面も無視できません。中国はまず日本人の関心の高いギョーザ事件で、日本の世論を安心させておいて、その後で同じ法家の発想法を適用して日本人への死刑執行を通告しています。これは、日本政府に対して「有無を言わせない」だけでなく、日本の世論に対してもプレッシャーをかけるという高等戦術であると思います。
また、死刑執行に関して多くのケースのように抜き打ちで行うのではなく、日本政府の顔を立てるように事前通告したというのも、周到な計算に基づいているように思います。最近では英国籍の麻薬事犯での死刑執行でも同じような方法が取られ、英国からの怒りの声や助命嘆願を一旦は出させて、それを無視するかのように執行がされました。抜き打ちで執行するよりも、事前発表して世論を揺さぶり、反論をさせた上で、それを力で押しつぶした方が「中国の法家思想」の厳格さは強烈な印象として残る、そんな計算もあると思われます。
これに対して、日本の社会はどのように反論していったら良いのでしょうか? 残念ながら今回の事例では助命は難しいと思いますが、改めて日本という国が「人間による法治国家」であること、つまり自由な言論や報道による司法への監視と、一般市民の参加する裁判員制度によって、性善説でも性悪説でもない、そして自然法でもない、アジア発の民主的な司法制度を持っているのだということを繰り返し主張すべきだと思うのです。
このようなケースで「中国ルール」に反論するためには、自身のアイデンティティに迷いを抱えながら欧米の側に立って叫ぶ必要は少なくなっています。日本独自の制度と文化で、十分に対抗できるし、またそうしていかねばならないと思うのです。
法家思想では国は治まらないということは、この韓非を利用して最後には見捨てた秦そのものが、直後に同じように法家思想のために民心を失って崩壊した事実が証明しています。アジアの歴史と思想の中にも「だめ出し」の根拠はあるのであって、欧米の思想に頼らなければ批判できないというものではないのです。
ただ、欧米もこの「中国ルール」に困っています。例えば、現在進行形のトラブルとしては、豪州を中心とした多国籍資源会社のリオ・ティント社の問題があります。同社の社員が、中国当局に贈賄などの容疑で逮捕され、実刑判決の危機にあるのです。この問題では、背景には豪州における中国資本と豪州政府の対決という問題があり、中国政府の姿勢にはそこで一歩も引かないという決意のようなものがあります。
まず日本が独自の立場で、司法の透明性を中国に対して訴える、その上でこうした欧米の問題とも連携して行けるのであれば、中国の姿勢をすぐに変えるのは難しいかもしれませんが、少なくともリスクを低減するための連携は可能になると思います。
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