コラム

オバマ「一般教書演説」は100点満点で何点?

2010年01月29日(金)12時36分

 27日の水曜日の晩、東部時間の夜の9時から行われたオバマ大統領の「年頭一般教書演説」はたいへんに注目されていました。とにかく、マサチューセッツの補選で、上院議席を共和党に奪われるという予想外の結果以来、オバマ政権はかなりグラグラしているのは事実でしたから、「得意の演説で一気に挽回」を狙ってくるのは明らかだったからです。では、抵抗を強める共和党のプレッシャーに対抗するために、大統領はこの演説で何を言うべきだったのでしょうか? 大学や高校風に成績評価をするとしたら、以下のような採点基準になるのではと思います。

A評価・・・問題の所在が指摘でき、その解決策が示せて、その上で共和党にも抵抗のない合意形成への姿勢を明確に示す。

B評価・・・問題の所在が世論に納得のできるよう指摘でき、その解決策が示せるが、依然として左右対立は克服できない。

C評価・・・問題の所在が世論に納得出来るように示せるが、解決策は具体的でないし、超党派合意への寄与も少ない。

F評価(落第)・・・問題の所在が指摘できず、従って政策の根拠が薄く、野党への説得力もない。

 採点をするならば、100点満点で74点、この中で、辛うじて「C」というのが今回の演説への評価です。ただ、70点という落第スレスレの点より少し高くしたのは、問題の所在について「雇用>財政>各論(医保、安保など)」という優先順位を間違えなかったからで、何よりも「雇用」が最大の問題だということを、他でもない大統領が分かっているというメッセージは世論に伝わったと思います。

 では、共和党との激しい対立はどうなるのでしょうか? この点に関しては、現時点ではかなり厳しいと言わざるを得ません。バーナンキFRB議長の再任は辛うじて承認されたものの、共和党議員団は「ガイトナー財務長官のクビ」を狙っているようですし、懸案の医療保険改革案も暗礁に乗り上げています。このまま行けば、中間選挙は民主党に取ってかなり厳しい戦いになると思います。ただ、再三申し上げているように、スローながら景気の反転について今年の後半から実感が出てくるようですと、共和党のリーダー不在状況にも助けられて、2012年の再選はギリギリで「セーフ」、私はそんな見方をしています。74点というのには、そういう意味も込めています。

 この74点というのは、アメリカに住んでいる人間として、大統領がアメリカ政治を成功裏に導くかどうかという視点での採点です。では、日本人として日本の利害を考えるとどうでしょうか? 日本から見た今回の「オバマ演説」を採点すると、もっと厳しくなります。100点満点で29点というところでしょう。70点を切れば単位が「フェイル(落第)」になるアメリカ流でも、30点(あるいは35点)を切る日本式でも、全くダメというところです。

 まず、演説の中で日本への言及がゼロでした。通商のパートナーとしても、ライバルとしても全く「ジャパン」のJの字も出なかった、これは異例と言わざるを得ません。例えば「自由貿易のパートナー」に挙げていたのは「韓国、コロンビア、パナマ」で、この3国とアジアで「ドーハ・ラウンドに従った通商関係を追求している」という言い方は、むしろ「ドーハに消極的でありながら、内容の分からないFTAをブチ上げたり取り下げたりしている鳩山政権への距離感」を暗に含んだようにも取れます。

 一方で、新エネルギー技術の競争相手としては、中国、ドイツ、インドの参加国を挙げていました。これも、この演説の中で、「5年で輸出を倍増して200万人の国内雇用を増やす」という宣言と併せると、日本を無視しつつ叩く相手として宣戦布告をしているようで不気味です。昨年11月の「サントリーホール演説」でも言及していた「輸出立国」のスローガンは、オバマ政権の「真水の景気浮揚策」として真剣味を増してきたとも言えます。日本の立場から見て零点ではないというのは、沖縄を含む安全保障に関する文脈で日本へのメッセージが妙な形では入っていなかったという点です。例えば、普天間の問題に関しても「5月までは待つ」という姿勢はハッキリしていると受け止めることは可能なように思います。

 大統領は、演説を終えると、その翌日にはフロリダに飛んで「高速鉄道」の実現を訴えましたが、前夜の演説で高速鉄道に言及したときにも「最速の鉄道システムがヨーロッパと中国にしかないのはおかしい」という言い方で、見事に「日本の新幹線」は外されていました。とにかく、日米関係のコミュニケーションのチャネルに「障害」が出ている、そんな気配がどうしても否定できません。トヨタの「アクセルペダル疑惑」の展開にしても、「新幹線外し」にしても、このままでは大変なことになるように思います。

 というわけで、日本から見れば問題だらけなのですが、とにかくこの「一般教書演説」にしても、「ハイチ大震災」にしても、TVや新聞、ネットで膨大な量の情報が飛び交い、多様な形で世論が形成されて行く、そんな「ジャーナリズムを介した世論の合意形成システム」は健在です。CNNなどのニュース専門メディアだけでなく、3大ネットワークや公共放送まで、ほとんどの主要なメディアが演説を生中継し論評を加えるという制度は、依然として機能しているというわけです。

 その意味で、現在の左右対立は一見すると不毛に見えますが、こうしたプロセスはある意味で必要なものであり、この難しい状況を乗り越えることができれば、オバマ政権もアメリカも競争力を取り戻すのではと思います。その流れに乗るのか、あるいはアメリカとの利害対立構図に追いつめられて苦境に立つのか、通商政策も含めた日米関係に関しては、戦略的に大きな見直しが必要だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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