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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
「緩慢な悲劇」との戦いに入ったハイチでの救命活動
緊急救命活動とは、通常は時間との戦いです。多くの場合、心肺停止の時間が短ければ短いほど救命の可能性は高まる、そんな切羽詰った時間感覚がそこにはあります。時間との戦いということでは、一昨年2008年5月の四川大地震のことも昨日のことのように思い起こされます。高い技術を持った日本の救命隊が派遣されたにも関わらず、手続きのトラブルなどで、現地入りが遅れ、結果的には救命の実績が上げられなかったのです。また15年の慰霊祭を迎えたばかりの阪神淡路大震災の際にも、時間との戦いが繰り広げられたのは多くの人の記憶に残っていると思います。
今回のハイチでも、生存の1つの目安とされる発生後72時間というラインのことは、アメリカのメディアでも大きく取り上げられました。その一方で、温暖な地であることや、閉じ込められた場所に水があったりという条件が幸いして、72時間をはるかに過ぎた現在でも、生存者の救出劇は続いています。ですが、さすがに今から日本の救命部隊が派遣されても恐らく四川の時と同じように、成果はあまり期待できないでしょう。では、もうハイチでの状況は、生と死の戦いの時期は過ぎたのでしょうか? これからは治安や仮設住宅の問題、人口移動や復興の問題などの「社会的対策」に移って行くのでしょうか?
どうも違うようです。ハイチでは、今現在も多くの人々が生命の危険にさらされています。しかし、それは倒壊家屋の下敷きになった人の救命など一刻を争う問題、つまり「緊急救命」の時間感覚で捉えられるような問題ではありません。もっと緩慢で、しかし深刻な生命の危機が進行しているのです。
ポルトープランスを中心とするハイチの首都圏には約300万人の人口がいると言われています。今回の犠牲者数は、一説によると20万人を越えるとも言われているのですが、仮にそうだとして、恐らく負傷者はその数倍は発生しているでしょう。その中には内臓破裂や脳挫傷などの重篤なものもあるでしょうが、残念ながらこの種の負傷者で重傷の場合は、既に亡くなっているケースが多いと思われます。一方で圧倒的に多いのが、骨折や裂傷などの「ケガ」です。
問題はこうした「ケガ」を負った人々なのです。病院施設が、医師が、清潔な包帯や絆創膏が、そして抗生物質が、安全な水が圧倒的に不足する中、骨折や裂傷の患者が何日も放置されているのです。その結果として、手足に壊死が起き始めて、中には敗血症を起こしている患者も多いようなのです。CNNでは、6から7歳ぐらいの負傷した少女の例を取材していましたが、彼女の場合は十分な治療が受けられない中で、足の壊死が始まってしまっていました。診察した医師は、敗血症が進行するのは時間の問題だとして、まだ元気な少女と両親に「死の宣告」を行っていました。彼女の症状は、現在その病院にある設備では救えないというのです。
そんな中、1つ明るいニュースなのは、地続きであるドミニカが医療サービスの提供を必死で行っていることです。ドミニカは、被災者に対して無料での診療を申し出ていますし、例えば、MLBのヒューストン・アストロズで松井稼頭央選手のチームメイト(一部にはオリオールズ復帰という噂もあるようです)である、ミゲル・テハダ選手は、ドミニカの出身なのですが、私財を投げ打って大量の飲料水や食糧をドミニカ側からハイチに送る行動を始めているそうです。かつては、同じイスパニョーラ島の中で、不仲であったドミニカがハイチの救援に動いているというのは、惨事の中にあって少しだけホッとさせられるニュースに違いありません。
ですが、更に心配なのは、衛生状態や伝染病に関しては、これから悪化が予想されているということです。とにかく、被災から1週間が経ちましたが、生と死の闘いはまだまだ続いているようです。一部の報道では、日本からの緊急医療チームは首都に入れずに郊外で軽傷者の治療を行っているだけだと言います。その医療チームは26日で一旦は撤収するというのです。その後については、自衛隊が継続的な医療援助を行う検討をしているようですが、自衛隊だけでなく、民間の緊急医療チームも交代で大規模な派遣へと拡大できないのでしょうか。今ならまだ大勢の人が救えるのです。
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