コラム

バイデン新大統領はとんでもない貧乏くじを引いてしまった

2021年01月21日(木)18時30分

もちろん、中国政策で得をしたアメリカの企業もある。イバンカ・トランプはパパが当選してから猛ペースで41もの商標登録を中国政府に承認されたようだ。でも、イバンカ抜きの一般論でいうと、ブルームバーグが報じる通り、トランプとの貿易戦争には中国が勝ったのだ。

ダメ押しとして、トランプは退任ギリギリでさらにバイデン外交を妨げる作戦に出た。イランにアルカイダが拠点を築いていると主張した。キューバをテロ支援国家に指定した。そして、イエメンの反政府武装勢力フーシ派をテロ組織に指定した。

まぎれもなく、これでイランとの合意復帰、キューバとの関係回復は難しくなるが、それらよりも大変なのは内戦中のイエメンへの対応。「反政府」と言いながら、フーシ派は首都を含めて人口の大半が暮らす地域を支配している、事実上の政府。テロ組織に指定することでイエメン国民への人道的支援も禁じられ、大規模な飢餓が起きかねない。そのため、国連の高官らは直ちに指定を撤回するように求めている。しかし、イランやキューバとの融和と同じように、撤回すれば弱腰に見えるため、バイデン新大統領にとって政治的にとても困難な状況だ。

バイデンを困らせるためのトランプやポンペオ元国務長官のしたたかさにある意味感心するが、その政局的な判断の結果、実際世界で多くの人が飢え死にするかもしれない。政治家にハングリー精神はあってもいいが、実際にハングリーな人がいるときにこんな手は絶対に許されない。

こうして山積する国際問題には、バイデンは友好国と力を合わせ取り掛かりたいと言っている。が、その作業をもトランプの負の遺産が邪魔している。トランプは中国を巻き込んで成し遂げた地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定からも、中国けん制を目標にして作られたTPP(環太平洋経済連携協定)からも、アメリカを離脱させた。同盟国と協力し対立国と交渉して結んだイラン核合意からも。何度も「アメリカは約束を守らない、仲間を裏切る国」という印象を与えてきた。

同盟国とも大揉め

トランプには悪気はなかったのかもしれない。考えてみれば、パートナーを裏切り、支払いや返済の約束を守らないのはビジネスマンとしてのやり方と一緒だ。本人はそれで成功しているから国もそれでいけると思った可能性もある。同時に、トランプが会社を破産させたことは6回もあるから、失敗するのも驚かない。むしろ、当然のことだ。

パートナーへの態度がもっとも重要な問題だ。対立国と対立するのは当たり前だが、トランプは同盟国とさえ仲良くできなかった。フランス、ドイツ、カナダなどの同盟国の首脳たちへ個人攻撃をしたし、友好国の集まりであるはずのG7にも亀裂を残した。2年前にはG7史上初めて共同声明を出せないぐらいに関係が崩れた。米軍撤退という恐喝を武器に日本や韓国へ米軍基地関連経費の負担増を突き付けたし、ほかの同盟国に対しても同様の態度だ。

結果、去年の世論調査によると、同盟国の国民がアメリカに対して持つイメージが記録的な低さまで下がったようだ。そして、つい最近、スコットランドはトランプの入国を認めなかったし、EUの高官らはポンペオの面会を断ったという。結局、アメリカ・ファーストはアメリカ・アローンになっている。

めでたいはずの、新しい消防署長の就任。でも前任が放火魔!退任直前に火炎瓶を消防署や街中に投げまわしている。早く消火作業に取り掛かりたいが、バケツリレーをやってくれる仲間はいない。みんな前任の愚行でやけどしているから。いやぁ、かわいそうな消防署長!

動物園や消防署の例えは少し無理があったかもしれないが、国家はよく船に例えられるから最後はそれで閉めよう。

新政権の船出の幸先は悪そうだ。反対勢力から暴風クラスの向かい風が吹いている。国内外の情勢は波浪警報級の荒波となっている。さらに、政府への信頼も、国民のファクト共有も、政治家に良心的な行動を守らせる規範も、同盟国との連携力も失った国の船体はレンコン並みに穴だらけ。果たしてこの船に浮力はまだあるのか疑問だ。出航したら、大航海より大後悔の時代になりかねない。

バイデン船長、実にかわいそう。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story