コラム

ジャニー喜多川の性加害問題は日本人全員が「共犯者」である

2023年05月23日(火)21時24分

誰も真面目に考えなかった

その一方、ネット上で「メディアの責任」を声高に訴えている方々には、こう聞きたい。

「あなたは何かしてきたんですか?」

と。ジャニー喜多川の性暴力については1999年、週刊文春が大々的にキャンペーン報道を行ったことで、広く世に知られるようになった。同時期にインターネットの普及も進み、近年は「暗黙の了解」としてもはや誰もが知る話となっていた。

それでも、社会は変わらなかった。なぜなら日本人の多くが大して関心を持たず、深刻に捉えなかったからだ。

ジャニーズタレントに対し活躍の場を提供しているのがテレビをはじめとする大手メディアだとしたら、私たちは観客席でジャニー喜多川と視線を共有し、一緒になって舞台をうっとりと眺めていた。性的虐待の話は知ってはいたけれど、まあいいかで済ませて、本気で問題視する人はほとんどいなかった。メディアの報道姿勢と読者・視聴者の問題意識は、表裏一体の関係にある。おかしいと声をあげる人がもっと多くいれば、メディアの対応も違っていたはずだ。

大手メディアがジャニー喜多川の共犯者だとしたら、私たち観客もまた、共犯者だった。少なくとも、知っていて何もしなかった傍観者である。その意味で、ジャニー喜多川の性加害問題を語る時に、後ろめたさを微塵も感じない日本人は一人もいないはずだ。私自身、深く考えずに彼らを応援していたことを、今では少し恥ずかしく思っている。

1つには、芸能界の問題を遠い世界の出来事と捉え、多少の法的逸脱を黙認してきた部分があるだろう。違法薬物やいわゆる「枕営業」の問題を、「芸能界は特殊な世界」の一言で片付けてしまう面があった。また、男性間の性加害という点も多くの人にとって「自分とは関係ない話、よく分からない話」と思わせる要因になっただろう。

私は2003年頃に文春の記事を読み、初めてこの問題を知った。ショッキングな内容に驚いたが、芸能界は今よりずっと遠い外国のような存在であり、社会的な問題とは捉えられなかった。殴る蹴るといった暴力なら容易にイメージできても、男性間の性暴力は想像しにくかった。

何かグロテスクなことが起きているとは思ったが、現実感を持って受け止めることが難しく、都市伝説のようにすら感じられた。70代男性(当時)が10代前半の少年に対しほぼ強制的に口腔性交や肛門性交を行い、性行為を拒むとデビューできなくなるという話は、あまりにグロテスクで絶句した。絶句するほどひどい話は口に出すのも憚られ、それ以上何かを考えにくくさせるのかもしれない。

青少年健全育成条例違反などで警察が動いていれば違う結果になっていたかもしれないが、ジャニー喜多川は莫大な資産を持っていたはずで、被害者との間に示談を成立させて事件化を免れた可能性も考えられる。

テレビ局と出版社は事務所に籠絡され、新聞社は「こんなものは芸能ゴシップだ」と一蹴し、大多数の国民も特に問題視してこなかった。そうして被害者の声を無視し続けた成れの果てが、現在である。

プロフィール

西谷 格

(にしたに・ただす)
ライター。1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。地方紙「新潟日報」記者を経てフリーランスとして活動。2009年に上海に移住、2015年まで現地から中国の現状をレポートした。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』 (小学館新書)、『ルポ デジタルチャイナ体験記』(PHP新書)など。

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