マイケル・サンデル教授に欠けていた、「ヤンキーの虎」の精神
笹原さん[編集部注:いわき市の実業家]の話を聴きながら私がアタマに思い浮かべていたのは、藤野英人の『ヤンキーの虎――新・ジモト経済の支配者たち』(東洋経済新報社、2016年)という本である。
このなかでは決してサンデルが描くような高学歴層ではないが、地方に根を張ったビジネスをリスクをとりながら多角的に展開し成功している経営者たちを「ヤンキーの虎」と呼んで描き出し、彼らのようなリスクテイカーこそが地方経済を建て直す大きな可能性を秘めていると論じているのである。
実際、彼らは事業拡大のために積極的に金融機関からの借入を行なって儲けを出し、地域の自治体に多くの税金を納めている。
サンデルは「地の塩」として働く、ゴミ清掃員をはじめ、とくにコロナ禍のもとでの「スーパーマーケットの店員、配送員、在宅医療供給業者、その他の必要不可欠だが給料は高くない労働者」がいかに重要かを認識すべきだと、あたかも「労働英雄」を称賛するかのような檄を飛ばすが、そこには高学歴で成功した人びと「以外の労働」に関するいささか貧弱な世界観が露呈しており、先述の「ヤンキーの虎」のような活力に満ちた存在への視点が欠落しているのではないかと思ってしまうのである。
じつは、サンデルの本を読んだ私のゼミではZoomを使っている利点を活かし、社会人となった卒業生も参加していた。
自らの力で起業し広く活躍している卒業生からは「道徳的な教訓としてはお説ごもっともなんですけど、具体的にどうすればイイのかは謎ですよね」という手厳しい感想ももらっていたのだが、その点に関しじつは、サンデルは他の著作のなかで曖昧ながらも彼なりの「答え」を記している。
サンデルの主著の一つである『民主政の不満――公共哲学を求めるアメリカ(下)』(勁草書房、2011年)という本の最終章では、先述の市民的な公共善を実現するために必須の経済的基盤として「独立自営業者的経済人」による「コミュニティの再生」が急務であると論じているのである。
公共心をもった独立自営業者こそが地域住民と協同・連帯し、地域コミュニティを活性化させるのだ、と。
ただ、ここでの自営業者のイメージは「公共」に引きつけたかたちでの姿が強調されすぎていて、創意工夫して純粋に金儲けの算段をする「商業人」としてのアニマル・スピリット(儲けたるぜ! という気魄)のようなものが等閑視されているように思われてならないのである。
要するに、端的に金儲けをして自分の家族や地元の仲間たちを潤し、結果的にまわりまわって地域に貢献するので何が悪いのか、ということなのである。
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