ハーバードが絶賛する「日本」のポテンシャルと課題
まったく同じ話を、実際に掃除をしたおばちゃんから聞いたことがあるので、このエピソードが決して大げさなものではないことが私にはわかる。そんなことがありうるのかとにわかには信じ難く、何度も聞き返したのだが、彼女は戸惑うかのように「だって、みんな困っていたワケですからね......」と、こちらの目を見ながら答えたのだ。そのとき私が感じたのは、おそらく本書を通じて著者が伝えたかったことと同じなのではないかと思う。
日本の社会は、世界でも類をみないほど平和で安定している。金融史を教えるデビッド・モス教授(David A. Moss)はいう。
「日本はとてつもない力を秘めた国です。政治システムも安定しています。経済状態が悪くなっても、暴力的な事件や、暴動が起きるわけでもありません。日本がいかに平和で安定しているかというのは、経済問題を抱える他国と比較してみればよくわかります。日本は『平和で安定した国家をつくる』という偉業に成功した国なのです」
偉業に成功した国から、明日何が起こるかわからない時代を生き抜く指針を見出そうとしているのである。(37ページより)
新幹線の清掃以外にも、トヨタの圧倒的な強さの秘密からアベノミクスまで、日本のさまざまな功績が紹介されていく(もっとも、後者がハーバードで取り上げられる理由に関しては個人的に理解し難く、また本書での考察も浅いように感じたが)。また、「戦略・マーケティング」「リーダーシップ」についてもそれぞれ章が立てられている。なかでも「福島第二原発を救った『チーム増田』」には、強力なリーダーシップ論として読み継がれていくべき価値があるといえる。ひとつ間違えばメルトダウンを起こすかもしれなかった福島第二原発のリスクが、リーダーであった増田尚宏所長の立ち回りによってすんでのところで食い止められたという話だ。
「増田さんは、作業員でごった返す緊急時対応センターで、ホワイトボードにひたすら数字と図を書いていったのです。(中略)つまり『私にも何が起こっているかわからないが、少なくともいま私が知っていることはこれだ』と作業員と情報を共有したのです。これを社会心理学では、『センスメーキング』(sense making)といいます。危機の真っただ中にいて、センスメーキングをできるリーダーはなかなかいません」(206~207ページより)
センスメーキングがあったからこそ作業員がパニックに陥らなかったというわけで、ここにはさまざまなリーダーが応用できるヒントが隠されているといえるのではないか?
さて、本書を読み進めていくと、実感せざるを得ないことがひとつある。「いわれてみれば、たしかにすごいかもしれない」日本人の持つ力を、我々日本人がいちばんわかっていないのではないだろうかということだ。