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コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
中国を変えるのは現実派か理想派か
次の一文を読んでみてほしい。
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「北京の壁」を倒せ
また自由にネットできない世界に戻ってしまった――。これが3時間40分のフライトの後、東京から北京に戻った実感だ。3G携帯を開き、フェイスブックとツイッターに返事が必要な連絡が入っていたので、サインインできるか試してみた。駐機場から税関を通って手荷物受取所に着くまで約20分。携帯のサインイン画面は固まったままだ。この時、僕はようやく理解した。ぶ厚くてバカ高い、ただし姿は見えない壁の中に戻ったのだ、と。中国の13億人を取り囲むこの壁、東西ドイツを隔てたベルリンの壁になぞらえて「北京の壁」とでも呼ぶべきこの囲いの中に。
ネットでの「翻墻(壁越え)」は「異なる声」を聞きたいと渇望する普通の中国ネットユーザーにとって、ごく日常的な行為の1つだ。帰国後の2日間、僕はいろいろな方法を試してこのバカ高い「壁」を乗り越えようとした。まず、いつも通りネット上のプロキシサーバー(代理サーバー)を探したが、見つけたのはどれもアカウントがとっくに期限切れで、開くたびにウイルスソフトにウイルスと認知されて「退治」された。ならば、とスカイプで「アシスタント(『壁越え』のヒントをくれる米国企業製の自動応答ロボットだ)」に聞くと、アシスタントはURLを1つ送ってくれた。クリックして開くと1分間は「壁越え」できたが、突然リンクが切れてまたつながらなくなった。
結局、僕はカネで解決することにした。アメリカやヨーロッパ、あるいは中国でも一部の大胆なIT企業は中国のネットユーザー向けに、VPN(仮装プライベートネットワーク)やOpendoorのような有料ブラウザを提供している。僕はOpendoorの1カ月分の料金6元(90円)を払った。値段は安いのに、実にサクサクとフェイスブックが開ける。さてIDとパスワードを入力すると......何と僕のIDがロックされているではないか!
これは一体どういうことだ? 頭をひねっているうちに気がふさぎ始め、しまいに腹が立ち始めた。怒りをこらえつつロックを解除する方法を考えるが、2時間たってもやり方が思いつかない。しょうがない。フェイスブックはあきらめてツイッターだ。こちらはすんなり行って、少し満足した。寝付きもいい。ただし翌朝目覚めて再びOpendoorを立ち上げ、ツイッターにサインインしようとすると使えなくなっていた......。まあ6元はひと時の気休めだった、というわけだ。
北京を1カ月余り離れている間、「北京の壁」はよりぶ厚くなったらしい。完敗だ。壁の内側で「修練」を重ねている友人に助けを求めねばならない。
僕は中国で最も早く「壁越え」をしたネットユーザーの1人だろう。12年前は、適当にプロキシサーバを探せば大陸で禁止されているサイトにアクセスでき、それもかなり長く使えた。その後「壁越え」する人たちが多くなるにつれ、プロキシサーバは使いにくくなり、「壁越え」の難度も年々増した。さらにGFW(中国政府のネット検閲システム)が生まれ、その技術が成熟すると、「壁越え」と「壁修復」の競争が同時進行で進むようになった。「道高一尺、魔高一丈(困難を乗り越えると、さらに困難が待ち受ける)」とは、まさにこのことだ。
GFWは英語のGreat Fire Wallの略、つまりは「防火長城」のことだ。中国古代の万里の長城は外敵の侵入を防ぐのが目的だったが、中国共産党が作ったこの「長城」は防ぐ対象は何と人民だ。万里の長城に対するこれ以上の侮辱はない。
中国共産党が政権を取って以来60年余り、中国人民の外界に対する情報の渇望は一度として途切れたことがない。50年代、台湾は飛行機で大陸に宣伝ビラをまき、60年代には香港への逃避行ブームが起きたが、いずれも底流に流れているのは真実のある世界への憧れだ。僕がまだ小さかった70年代末から80年代初めにかけて、夜になって人が寝静まると大人たちはこっそり短波ラジオを野外に持ち出して「ボイス・オブ・アメリカ」や「台湾中国自由の声」を聞いていた。やわらかい女性アナウンサーの声が聞こえてくると、大人たちは声を潜めて「背徳の喜び」に浸っていたものだ。
形のあるベルリンの壁と東ドイツ人は44年間向き合い、ついにこの壁を倒すことに成功した。形のない「北京の壁」に中国人は64年間向き合っているが、われわれはまだ「壁越え」の道半ばでしかない。
12年前に比べれば、「壁越え」は隣の友達と気軽に話せる話題になったし、実際ますます多くの中国人が「壁越え」に向かう列に加わっている。民衆はとっくにあと64年も待てないと気付いているのだ。「北京の壁」を倒すことは、民主的な中国をつくるうえで避けて通れない道だ。そして、その「最後の1キロ」という最終局面に到達した時、13億の民衆はきっと8000万人の共産党員に打ち勝つはずだ――そもそも、党に絶対忠誠を誓う党員がそんなに多いはずはないのだから。
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この記事の筆者は中国人ジャーナリストの喩塵(ユィ・チェン)氏。喩氏は現在39歳。河南省で発行される河南日報などの記者を経て、リベラルな報道で知られる南方都市報の記者になった。喩氏が中国はおろか世界で広く名を知られているのは、90年代に河南省で起きたエイズの血液感染問題を調査報道したことによる。省政府と製薬会社が一体となった売血ビジネスによってエイズが広がった実態を喩氏が現地に潜入して初めて報じたことで、外国メディアの注目が集まるようになり、05 年と07年に当時の温家宝首相が現地を訪れ謝罪した。喩氏は昨年、マイクロブログの微博で「軍隊は国家のものであるべき(編注:中国人民解放軍はいまだに共産党の軍隊だ)」と発言して南方都市報を辞めざるを得なくなった。
その喩氏が4月、日本の国際交流基金の招待で1カ月間日本に滞在した。東京や大阪、九州での視察や市民交流の合間に何度か彼と酒を飲む機会があったのだが、中でも興味深かったのが喩氏の「安替論」「微博論」だった。安替(アンティ)はやはり中国人ジャーナリスト・ブロガーで、同じく国際交流基金の招待で2010年に来日した。コンピュータープログラマーから中国紙記者やニューヨーク・タイムズ紙リサーチャーを経てコラムニストになった安替は、今や4億人のユーザーを抱える微博にかなり悲観している。微博は結局は共産党政府の検閲下にあり、一見自由に見える言論も政府によってコントロールされ、さらに悪いことに中央政府に楯突く勢力に対する政争に利用されている。去年、重慶市で起きた薄煕来のスキャンダルについてはどんな書き込みも許されたことが何よりの証拠――という訳だ。
これはまったくその通りなのだが、喩氏はかならずしも微博には悲観していない。それは微博が4000年の歴史で中国人が初めて獲得した、自分の声を広く中国、さらには世界へと伝えることができるメディアだからだ。もちろん制限はあるが、そこから少しずつ自由を広げて行くべきだ。安替は中国の現状を踏まえず理想論を語っているに過ぎない――と、喩氏は語っていた。この「理想派vs現実派」とでも言うべき争いは実は中国人ジャーナリストの間で根深く、安替に対しては「そんなに言うならアメリカやヨーロッパに移住すべき」と切り捨てる記者もいるほどだ。
個人的には喩氏を含めた「現実派」の意見ももっともだと思う一方で、中国には安替の「理想論」が足りてない,という風にも感じている。89年の天安門事件から今年でもう24年になる。この間、中国はどっぷり「拝金主義」という現実に浸り切って、まったく理想を語って来なかった。そして中国を取り巻く世界もまた、その「拝金主義」故に中国が抱えるさまざまな矛盾を黙認してきた。そのツケが既にさまざまなところで噴出し始めているのだが、果たして「現実路線」のままでそれに対処できるのか。
安替の理想論の根本にある24年間何も変わらなかったことへのいら立ちは、冒頭の喩氏のコラムにもにじみ出ている。喩氏は今週号のNewsweek日本版に「ホワイトハウス陳情殺到事件」の記事を寄せてくれた。中国政府への陳情が事実上機能しなくなったことで、中国人の陳情がホワイトハウスや台湾に向かっている現状を紹介する興味深い記事なのだが、これを読む限り中国人全体のいら立ちもまた、かなり臨界点に近づきつつある。
安替も喩氏も結局は同じ方向を向いている。違うのはそのアプローチの仕方だけだ。安替や喩氏のようなジャーナリストが影響力をもつようになったことを見れば分かるが、今より公正で、まっとうな社会とそれを実現するための政治を求めて声を上げる中国人の数は確実に増えている。喩氏も共産党支配体制を含めて「中国は遠からず変わる」と断言していた。
喩氏は潜入取材が大の得意で、北朝鮮にも潜り込んだことがある根っからの現場型記者だ。日本滞在中も、官公庁などの視察の合間に日本社会の「底辺」を求めてさまざまな場所に潜り込んでいたようだ。そんな彼が変わる中国を現場からどう切り取るのか。注目して損はないと思う。
――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)
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