コラム

検察に依存し続けたメディア

2010年09月30日(木)19時04分

 連日報じられる特捜検察の不祥事に関する続報を、複雑な思いで聞いている。

 10年程前、地方で「サツまわり(警察担当)」を担当していた頃、地検・特捜部幹部の自宅を夜毎訪れるのが日課となっていた。しかしここで捜査情報が取れることは、まずない。進行中の事件に関して、明日逮捕や捜索といった動きがないか、つまり「特落ち(特ダネの反対。同業他社が報じているニュースを自社だけ落としてしまうこと)」をしないようにという必死の努力だ。

 独自の強力な調査網があれば別だが、通常の事件では、やはりメディアは捜査機関からの情報に頼らざるを得ない。事件が起こるたびに自宅前で幹部の帰りを待ち、同年代の他社の記者連中とも自然と仲良くなる。やがて幹部を囲んで近所の居酒屋で酒を飲み、会社の愚痴を言い合うようにもなった。

 ある談合事件の捜査過程で、参考人として検察から聴取を受けていた大手ゼネコンの支店長が自宅で首吊り自殺した。この事件では、ある大物政治家への違法な献金が暴かれるのではないか、という憶測が流れていた。

 支店長が自殺したのが、自分の供述で汚職事件が露呈するのを恐れたからなのか、それとも検察が描いた事件の「見立て」に沿う供述を迫られて追い詰められたからなのか。その真相は分からなかった。

 検察の広報担当である次席検事の会見で、某全国新聞の1社が中堅記者を出席させてこの件について突っ込んだのは流石だ。しかし各社とも真相がわからないため、単に支店長が自殺した事実を伝えただけだった。

 検察担当の各社の記者が「検察からにらまれれば出入り禁止になって取材がやりにくくなる」と感じたこともある。それに加えて、「特捜検察なら警察に太刀打ちできない大きな事件を立件できる」という甘い幻想(この件では政治家への違法献金)を持っていたことも確かだろう。

 夜毎酒を酌み交わして人生を語り合ったのはノスタルジックな思い出だが、自戒の念を込めて言えば、メディアは検察からの捜査情報に頼りきり、検察が描いた事件の構図を検証することを長年怠ってきた(実際それはできなかった)。「時代が変わった」ではすまされない。メディアも変わらなければならない。

――編集部・知久敏之

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story