コラム

フランス発ユーロ危機はあるか──右翼と左翼の間で沈没する「エリート大統領」マクロン

2024年07月10日(水)20時45分

その一方で、マクロン改革には富裕層の優遇といった批判がつきまとった。130万ユーロ相当以上の不動産に課される特別税が廃止され、より税率の低い通常の固定資産税にシフトされたことは、その一例にすぎない(一連の改革は極右からも批判された)。

絵に描いたようなエリート大統領マクロンに対して、メランションは再分配による格差是正を主張してきた。


そのなかには年収40万ユーロ以上の所得税率は100%、1200万ユーロ以上の財産相続に関する相続税率は100%、医療費は実質無償化、若年層に月収1063ユーロを保証など、過激ともいえる主張が含まれる。

こうしたポピュリスト的主張は富裕層の国外流出を促しかねないため、実際にどこまで信憑性があるかは不明だ。

しかし、失業やインフレといった生活苦の広がりが、極左や極右の台頭する土壌になったことは疑いない。実際、低所得層の多い地域ほどマクロンの得票率は低い。

だからこそメランションが首相になれば、マクロン改革は骨抜きになると見込まれる。

議会選挙で敗れた国民連合のブルダン党首が、新人民戦線とアンサンブル連合を “不自然な同盟” と呼んだことは、その意味では正鵠を射たものといえる。

フランス発ユーロ危機はあるか

メランションの方針に賛否はあるが、その方針はヨーロッパ全体に無視できないインパクトを秘めている。

メランションの “大きな政府” 路線が財政赤字を急増させることは容易に想像がつく。フランスのGDPに占める財政赤字の割合はすでに110%を超えていて、EUルールの60%を大きく上回る。

それでもメランションはさらなる財政出動を躊躇しない公算が高い。


リーマンショック(2011年)後に発生したギリシャ債務危機で、共通通貨ユーロの信用が連鎖反応的に低下するリスクを恐れ、EUの中核を握るドイツ政府がギリシャ政府に対して支援と引き換えに厳しい緊縮策を求めた際、メランションはこれを強く批判した。

つまり、メランションには反EUのスタンスが鮮明だ(この点でも極右と大差ない)。

フランスがEUの財政規律から大きく逸脱すれば、共通通貨ユーロの信用にも関わってくる。フランス議会選挙から一夜明けた7月8日、アジア市場などでユーロが下落したのは、こうした投資家の懸念を反映したものといえる。

欧州大学院大学のロレッツォ・コドグノ客員教授は、すぐにユーロが崩壊するシナリオを否定しながらも、EUが “手詰まり” になる可能性を指摘する。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

スウェーデン、バルト海の通信ケーブル破壊の疑いで捜

ワールド

トランプ減税抜きの予算決議案、米上院が未明に可決

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、2月50.2で変わらず 需要低

ビジネス

英企業、人件費増にらみ雇用削減加速 輸出受注1年ぶ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story