コラム

30万人を戦場に送り出せる「部分的動員」──プーチンを決断させた3つの理由

2022年09月27日(火)11時40分

当初100万人近い兵員を国境に配備し、短期間でウクライナ全土を制圧しようとしたロシア軍だが、ウクライナ側の抵抗により、戦闘は長期化している。

とりわけロシアにとって重要度の高いウクライナ東部(後述)で、ウクライナ側が巻き返しを進めていることにより、ロシア軍は国境警備に当たっていた兵力を追加で侵攻させる必要に迫られている。それによって空白となる国境警備に当てるため、部分的動員によって予備役を招集したとみられる。

部分的動員の背景 ②「ウクライナ東部で譲歩しない」のメッセージ

第二に、「本気度」を海外にアピールすることだ。たとえ批判されても部分的動員を発令したとなると、それだけプーチンは本気だというメッセージを内外に発信することになる。

その焦点になるのが、ウクライナ東部のドンバス地方だ。

①にも関連するが、3月に首都キーウの攻略に失敗して以来、ロシアが「勝利」を叫ぶうえで最低限のラインは、この地域の確保になっている。この地にはもともとロシア系人が多く、2014年以降はウクライナからの分離独立を要求するロシア民族主義勢力によって実効支配され、これをプーチン政権が支援してきたからだ。

今年2月にウクライナ侵攻を開始する直前の3月21日、ロシア政府はこの地域で「独立」を宣言していたドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国を国家として承認していた。これは「ドネツクやルハンスクはウクライナの一部ではない」と認めたことになる。

そのウクライナ東部では9月23日から、ドネツクやルハンスクだけでなく、ヘルソン、サポリージャの4か所で、ロシアへの編入への賛否を問う住民投票が行われている。これらの地域はウクライナ全土の約15%を占める。

こうした住民投票は2014年のクリミア危機の際にも行われ、その結果をもってロシアはクリミアを事実上併合した。

これと同じことが繰り返されようとしているわけだが、その直前に部分的動員が発令されたことは、住民投票を批判するウクライナ政府や欧米に対して、あくまでこの地域を確保しようとする姿勢を打ち出すものといえる。

21日にテレビ演説で部分的動員を発表した際、プーチンは「欧米がロシアに対して'核の脅し' を仕掛けている」と述べ、「欧米に負けない強いリーダー」を改めて演出した。

部分的動員は欧米の圧力があってもあくまで東部を譲らないというメッセージを発する効果もあったといえる。

部分的動員の背景 ③強硬派からの突き上げ

そして第三に、国内の強硬派にも「ウクライナ侵攻で妥協しない」というメッセージを発することだ。

職業軍人以外を戦闘任務につかせる動員は内外の反発を招きやすく、先述のように、実際にウクライナ侵攻が始まって以来、若者を中心に国外脱出を目指す動きも加速していた。だからこそ、プーチン政権は動員令を否定し続けてきたといえる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

野村HDの10-12月期、純利益は2倍の1014億

ビジネス

トヨタ、通期の営業益を4000億円上方修正 新車販

ワールド

トランプ氏「ガザ所有」発言、中東の不安定化招く ハ

ビジネス

午後3時のドルは153円半ば、日銀の追加利上げ思惑
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国経済ピークアウト
特集:中国経済ピークアウト
2025年2月11日号(2/ 4発売)

AIやEVは輝き、バブル崩壊と需要減が影を落とす。中国「14億経済」の現在地と未来図を読む

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 2
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギー不足を補う「ある食品」で賢い選択を
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    マイクロプラスチックが「脳の血流」を長期間にわた…
  • 5
    中国AI企業ディープシーク、米オープンAIのデータ『…
  • 6
    脳のパフォーマンスが「最高状態」になる室温とは?…
  • 7
    DeepSeekが「本当に大事件」である3つの理由...中国…
  • 8
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 9
    AIやEVが輝く一方で、バブルや不況の影が広がる.....…
  • 10
    メキシコ大統領の外交手腕に脚光...「トランプ関税」…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 4
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 5
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 6
    「靴下を履いて寝る」が実は正しい? 健康で快適な睡…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    老化を防ぐ「食事パターン」とは?...長寿の腸内細菌…
  • 9
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 10
    「やっぱりかわいい」10年ぶり復帰のキャメロン・デ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 10
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story