コラム

ウクライナでの「戦争犯罪」に法の裁きは可能か──知っておきたい5つの知識

2022年04月11日(月)17時05分

ただし、いつでもどこでもICCがその権限を行使できるわけではない。ICCの捜査権や裁判権は以下のいずれかの場合に限定される。

・犯罪が行われた場所が締約国である
・被疑者が締約国の国籍をもつ
・犯罪が行われた場所や被疑者の国籍が締約国でない場合、その国がICCの権限を認めなければならない

つまり、ICCは基本的に、ICCの権限を認めている国でしか活動できない。言い換えると、非締約国で何が発生しても、ICCがすぐさま捜査や裁判を行えるわけではない。

3.ウクライナでの捜査は特例に近い

それではICCの締約国とはどこか。現在123カ国が加盟しているが、これは国連加盟国(193)の約63%にとどまり、世界各国の過半数ではあるが圧倒的多数ともいえない。

なかでもアメリカ、ロシア、中国など、大国ほどこれに消極的だ。これらの国には自国の軍関係者が被疑者として扱われることへの警戒があるためで、この点においてアメリカと中ロに大きな差はない。

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実際、アフガニスタンなどでの米兵による民間人殺傷は、国連や国際人権団体から「戦争犯罪にあたる可能性が高い」としばしば批判されてきた。ブチャでの事件を受けアメリカ政府は「ICCなどと協議する」考えを示したが、アメリカ自身がそもそも締約国ではないという矛盾もあるのだ。

一方、アジアや中東、そしてアフリカにも締約国が少ない。やはり海外に裁かれることへの警戒感が強いからだが、なかにはフィリピンや南アフリカのように、途中で脱退する締約国もある。これらの国には、「白人世界」主導のICCが、先進国のかかわりの指摘される戦争犯罪を取り上げようとしないことへの不満がある。

バシールに逮捕状が発行されたスーダンもICCの締約国ではない。この場合、スーダンを「テロ支援国家」に指定していたアメリカが主導して、国連安全保障理事会がICCに付託することで捜査・審理は始まった。

実はウクライナも締約国ではない。それでも捜査が始まったのは、ヨーロッパ、カナダ、日本などの締約国からの付託があったことに加えて、ウクライナ政府がICCの権限を一時的に受け入れたことによる。その意味でウクライナでの捜査は特例に近い。

4.「組織ぐるみの計画性」立証が必要

もっとも、制度的にはともかく、実際に戦争犯罪やジェノサイドを裁くハードルは高い。

ウクライナの場合、ICCの捜査はロシアによるクリミア併合直前の2013年からの全ての事案が対象になる。膨大な数をカバーしなければならず、おまけに戦闘が継続中であるため捜査は難航するとみられる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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