コラム

カザフスタン大暴動を知るための5つの基礎知識──きっかけと目的、周辺国への影響も

2022年01月11日(火)17時00分
デモ隊を警戒するカザフ治安部隊

デモ隊を警戒するカザフ治安部隊(2022年1月6日) Mariya Gordeyeva-REUTERS

ユーラシア大陸の中心部にあるカザフスタンでは、抗議活動が拡大して治安部隊との衝突が激化している。トカエフ大統領は徹底的な鎮圧で臨む方針だが、沈静化のメドは立っていない。カザフスタンで何が起こっているのか。以下では、縁遠く感じられやすいカザフ情勢の基礎知識をまとめてみる。

(1)きっかけは2倍の燃料価格

年明けからカザフスタンでは政府庁舎に暴徒が乱入するなど、抗議活動が激しさを増している。カザフ内務省によると、これまでにすでにデモ参加者に26人、兵士に18人の死者が出ている他、一時は空港も占拠され、インターネットも遮断されるなど、最大都市アルマトイなどで都市機能が寸断されている。

mutsuji220111_kazakhstan_map.jpg

こうした事態を受け、カザフ政府の要請でロシア軍を主体とする近隣諸国の「平和維持部隊」が派遣され、さらにカザフ治安部隊にも警告なしの発砲が認められるなど、本格的な内戦の足音が大きくなっている。

今回の大暴動のきっかけは年明けに政府が発表した、燃料価格の上限撤廃にあった。この決定は、政府の「価格統制をなくして市場経済化を推し進める」方針に沿ったものだった。

しかし、カザフスタンは大資源国で、輸出の約50%を原油・天然ガスが占める。「売るほどある」にもかかわらず、しかも冬の最中に、国内でガソリンなどの燃料価格がほぼ2倍に急騰したことに、カザフ市民の不満が爆発したのだ。

ただし、この国はこれまでの約30年間、独裁的な政府のもとで良くも悪くも政治的、経済的に総じて安定しているとみられてきた。そうであるだけに、今回の大暴動が深刻に受け止められているのだ。

(2)ほとんど専制君主の国

約30年間、表面的には安定を保ってきたカザフスタンで、なぜ突然、大暴動が発生したのか。実は今回の大暴動は「突然」ではなく、これまでにすでに予兆はあった。その大きな背景には、政府の専横に対する不満があった。

そもそも中央アジアの一角を占めるこの国は、冷戦終結直後の1991年にソ連崩壊にともなって独立した国だ。

しかし、冷戦末期に民主化運動が活発化していたリトアニアなどバルト三国と異なり、カザフは何の準備もないままソ連崩壊という未曾有の変化を迎えたため、一応選挙をすることになっても、結局はソ連時代の共産党幹部や軍人といったパワーエリートが権力を握り続ける構図が定着してきた。実際、2021年議会選挙でも与党ヌル・オタン(輝く祖国)が議席の70%以上を確保している。

現在のトカエフ大統領の前任者、ヌルスタン・ナザルバエフ前大統領は独立から2019年までの29年間その座にあった。その間、憲法改正を重ねて大統領の多選を可能にし、あたかも専制君主のように君臨した。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story