コラム

五輪「外交的ボイコット」を理解するための5つの基礎知識──効果は? 始まりは?

2021年12月13日(月)16時05分

(5)なぜ外交的ボイコットか?

だとすると、なぜ今回アメリカは外交的ボイコットに踏み切ったのか。

1980年モスクワ大会の時と異なり、今回はアメリカにつき従う国は決して多くない。冷戦時代のアメリカは、途上国を含めて「子分」の面倒をよく見ていたから、国連加盟国の約1/3をかき集めてボイコットすることもできたが、近年のアメリカと中国を引き比べれば、「気前のいい親分」の周囲に多くの者が集まるのは人の世の常だ。

それでもバイデン政権にとって、北京五輪を波風立てずに開催させればそれだけで「負け」になる。そのなかで生まれた外交的ボイコットは、アメリカのいわば苦肉の策といえる。

本格的なボイコットは効果が乏しいわりに、ボイコットする側とりわけスポーツ関係者にダメージが大きい。

そのうえ、五輪は1984年のロサンゼルス大会以降ビッグビジネスになっていて、1980年モスクワ大会のようなボイコットはアメリカ政府にとって非現実的すぎる。アメリカ選手が参加しなければアメリカ国内でTV視聴率がガタ落ちになることは火を見るよりも明らかで、その場合巨額の資金を投じて放映権を獲得したアメリカの放送局に大きな損失が発生し、下手をすれば政府がその補填をしなければならない。

とすると、外交的ボイコットは中国に「貿易や人権の問題で簡単には譲らない」とアピールしながらも、実質的なコストがほとんどない、最も手軽な反中キャンペーンといえる。米中関係はすでに悪化するだけ悪化しているわけで、「失うものはほとんどない」という判断があれば、なおさらだ(この点で日中関係とは異なる)。

その意味で、外交的ボイコットは新しいものだが、それ単独で重大なインパクトを持つものではなく、米中対立という大きな背景の一コマとして歴史に残るとみられるのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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