クライストチャーチ51人殺害犯の主張に見る「つけ込まれた陰謀論者」の悲哀
(3)自己イメージをよくしたい欲求
自信のなさの反動で承認欲求やナルシズムが強いのも、陰謀論を信じやすい人の特徴だ。虚栄心の強さから、平気でウソもつけるのも、このタイプによくみられる。
今回のタラントの手記について、事件現場となったモスクのイマーム(導師)は英紙ガーディアンの取材に「彼はさらに名前を売るためのスタンドプレーをしている」と述べているが、この指摘は概ね正鵠を射ているように思われる。
「つけ込まれた陰謀論者」の悲哀
もしタラントが「悪意ある他者に自分が虐げられている」という陰謀論に基づいてモスクを銃撃し、さらに「裁判の不当性」を確信しているなら、それはタラントが自信のなさや虚栄心をつけ込まれた陰謀論者であることを意味する。
むしろ、陰謀論を主体的に展開する側は、往々にして現実と夢想を明確に区別している。
第二次世界大戦の入り口になった1939年のポーランド侵攻の直前、ヒトラーは側近らを前にして「戦端を開く理由は宣伝相に与えよう。それがもっともらしい議論であろうがなかろうが構わない...戦争を遂行するにあたっては正義など問題ではなく、要は勝利にあるのだ」と語っている。陰謀論をまき散らし、多くのドイツ人を扇動した当の本人は、少なくともこの時点では、スローガンはスローガン、現実は現実と明確に区別し、陰謀論に呑まれていなかったといえる。
これと比べると、「つけ込まれた陰謀論者」は自信のなさや虚栄心から、誰かが宣伝する陰謀論にただ追随し、スローガンや夢想から現実をみているに過ぎない。「大統領選挙で不正があった」という陰謀論を信じてアメリカ連邦議会を占拠した暴徒も、基本的には変わらない。彼らは陰謀論を展開する側からみればコマ、あるいは顧客だ。
だとすると、他人を信用できず、自分にも自信がなく、安心感を得るために陰謀論を信じやすい人は、それによって結果的に他人にコントロールされていることになる。その悲哀に気づかないことが、つけ込まれた陰謀論者の本当の悲哀なのだ。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
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