コラム

クライストチャーチ51人殺害犯の主張に見る「つけ込まれた陰謀論者」の悲哀

2021年11月12日(金)15時45分

(3)自己イメージをよくしたい欲求

自信のなさの反動で承認欲求やナルシズムが強いのも、陰謀論を信じやすい人の特徴だ。虚栄心の強さから、平気でウソもつけるのも、このタイプによくみられる。

今回のタラントの手記について、事件現場となったモスクのイマーム(導師)は英紙ガーディアンの取材に「彼はさらに名前を売るためのスタンドプレーをしている」と述べているが、この指摘は概ね正鵠を射ているように思われる。

「つけ込まれた陰謀論者」の悲哀

もしタラントが「悪意ある他者に自分が虐げられている」という陰謀論に基づいてモスクを銃撃し、さらに「裁判の不当性」を確信しているなら、それはタラントが自信のなさや虚栄心をつけ込まれた陰謀論者であることを意味する。

むしろ、陰謀論を主体的に展開する側は、往々にして現実と夢想を明確に区別している。

第二次世界大戦の入り口になった1939年のポーランド侵攻の直前、ヒトラーは側近らを前にして「戦端を開く理由は宣伝相に与えよう。それがもっともらしい議論であろうがなかろうが構わない...戦争を遂行するにあたっては正義など問題ではなく、要は勝利にあるのだ」と語っている。陰謀論をまき散らし、多くのドイツ人を扇動した当の本人は、少なくともこの時点では、スローガンはスローガン、現実は現実と明確に区別し、陰謀論に呑まれていなかったといえる。

これと比べると、「つけ込まれた陰謀論者」は自信のなさや虚栄心から、誰かが宣伝する陰謀論にただ追随し、スローガンや夢想から現実をみているに過ぎない。「大統領選挙で不正があった」という陰謀論を信じてアメリカ連邦議会を占拠した暴徒も、基本的には変わらない。彼らは陰謀論を展開する側からみればコマ、あるいは顧客だ。

だとすると、他人を信用できず、自分にも自信がなく、安心感を得るために陰謀論を信じやすい人は、それによって結果的に他人にコントロールされていることになる。その悲哀に気づかないことが、つけ込まれた陰謀論者の本当の悲哀なのだ。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政権、軍事装備品の輸出規制緩和を計画=情報筋

ワールド

ゼレンスキー氏、4日に多国間協議 平和維持部隊派遣

ビジネス

米ISM製造業景気指数、3月は50割り込む 関税受

ビジネス

米2月求人件数、19万件減少 関税懸念で労働需要抑
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story