コラム

「アラブの春」再び? 中東で広がる抗議デモの嵐

2019年03月11日(月)19時00分

また、スーダンではバシール大統領が2月23日、1年間の非常事態を宣言。これによって、「治安を乱す」デモに対する発砲や、デモ参加者を裁判や令状なしで拘留することも可能になった。

アルジェリアの生活苦

こうしたデモの広がりの背景には、生活苦がある。単純化するため、アルジェリアに絞ってみていこう。

アルジェリアはアフリカ大陸有数の産油国だが、そのGDP成長率は2010年代を通じて緩やかに減少し続け、2018年段階で2.5パーセントだった。この水準は、伸びしろの小さい先進国なら御の字だが、開発途上国としては決して高くない。

mutsuji20190311144001.jpg

資源が豊富であることは、資源の国際価格によって経済が左右されることを意味する。2014年に資源価格が急落して以来、アルジェリアをはじめ、この地域の各国の経済にはブレーキがかかっている。

これと連動して、物価も上昇しており、昨年の平均インフレ率は10パーセントを超え、今年に入ってリーマンショック後の最高水準に近付きつつある

mutsuji20190311144002.jpg

さらに、資源経済は雇用をあまり生まないため、失業率は下げ止まっており、昨年段階で11.6パーセントだった。これだけでもかなり高い水準だが、世界銀行の統計によると、15~24歳の失業率(2017)は24パーセントで、ほぼ倍だった。

mutsuji20190311144003.jpg

冒頭で述べたように、ブーテフリカ大統領に対する抗議デモには若者が目立つことは、これらをみれば不思議ではない。それぞれで事情は多少異なるものの、基本的にはどの国でも、こうした生活苦が抗議デモの引き金になっている。

「アラブの春」前夜との類似性

こうして広がる抗議デモには、「アラブの春」との類似性が見て取れる

2011年の「アラブの春」は、2010年末にチュニジアで抗議デモの拡大によってベン・アリ大統領(当時)が失脚したことに端を発し、同様に各国で「独裁者」を打ち倒すことを目指して拡大した。その背景には、アラブ諸国で民主化が遅れていたことなどの政治的要因もあったが、少なくともきっかけになったのは生活の困窮への不満だった。その引き金は、2008年のリーマンショックにあった。

mutsuji20190311144004.jpg

2000年代の資源価格の高騰は、中東・北アフリカ向けの投資を急増させ、インフレを引き起こしていた。ところが、2008年のリーマンショック後、海外からの投資が急に引き上げたことで、これら各国では急速にデフレが進行した。

海外の資金に左右される、もろい経済構造のもと、生活を振り回される人々の怒りは、国民生活を放置し、利権と汚職に浸る権力者に向かったのだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story