コラム

米中貿易戦争が示すアメリカの黄昏

2018年07月09日(月)15時00分

トランプ大統領の一理

トランプ氏は大統領選挙中から「アメリカが不公正な競争を強いられてきた」と強調してきた。この被害者意識が、中国との貿易戦争の勃発を正当化している。

トランプ大統領の主張は、全く事実無根とはいえない。

アメリカは自由貿易体制を維持するためのコストをどの国より負担してきた。

特に、アメリカほど外国企業に市場を開放してきた国は少ない。相手国の市場開放が進んでいなくても、アメリカが市場を率先して開放したことは、世界全体の貿易を活性化させ、他国が対米輸出を通じて経済成長できる土台となった。それは結果的に、日本やヨーロッパ諸国の戦後復興や新興国の成長を可能にした一方、アメリカ企業の輸出競争力を低下させることにもなった。

つまり、これまでアメリカは「互恵」をあえて強調しないことで、世界全体の貿易を活発化させてきたといえる。「相手が不公正なことをしているのだからそれを返す」というトランプ氏の言い分は、その限りにおいて不当でない。

超大国・アメリカの黄昏

ただし、注意すべきは、自由貿易体制からアメリカが小さくない利益をあげてきたことだ。

例えば、1940年代後半から日本や西ヨーロッパ諸国に市場を開放することで、アメリカはこれら各国を、東西冷戦の構造のなかで自陣営に引き込むことに成功した。そのうえ、これら各国との貿易が活発化したことで、競争力の高い農業やサービス業の分野で、アメリカ企業は大きな市場を手に入れた。

つまり、世界全体の利益を生み出すなかで、アメリカは自国が最も利益をあげられる状況を作り出したといえる。「全体の利益すなわち自国の利益」という秩序を形作れたのは、アメリカが超大国と呼ばれるにふさわしい意志と力を備えていたことの表れだった。

これと対照的に、トランプ政権は「米国の利益」を強調することで、世界全体の利益に背を向ける傾向が強い。これは、超大国としての役割の放棄を宣言するに等しい。

この論調の大きな背景には、自由貿易体制によってアメリカ自身の首が締まってきたことがある。グローバル化によって企業の流出によって中間層が失われたことや、中国に代表される反米勢力の台頭までも促されたことは、その典型だ。

とはいえ、中国を狙い撃ちして一方的に関税を引き上げることは、アメリカが生んだ自由貿易体制を自ら侵食するものでもある。アメリカは現在でも世界最大の大国だが、世界全体の秩序を作り出す超大国としては長い黄昏の時期にあることを、米中貿易戦争は示している。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

計145%の対中関税の撤回にオープンでない=トラン

ビジネス

FRB金利据え置き、インフレと失業率上昇リスクを指

ワールド

特定の関税免除を検討も、物事はシンプルにしたい=ト

ワールド

モスクワ州上空でウクライナのドローン2機撃墜、戦勝
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 9
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story