コラム

「歴史のリセット」を夢想するドイツ新右翼「帝国の市民」とは何者か

2018年05月29日(火)15時45分

「帝国の市民」の一部は、連邦議会選挙で躍進したAfDとも結びついているといわれます。しかし、選挙を通じて既存の体制のなかで権力を目指すAfDと、そもそも今の国家を認めていない「帝国の市民」の間には、大きな溝があります。

自分たちの世界で生きる者

ドイツの極右分析センターのバーバラ・マンザ博士は「帝国の市民」を指して、「自分たちの世界で生きている」と表現しています。

それは「敵国による支配」という陰謀説に傾き、現実にある国家や歴史を否定するだけでなく、「帝国の市民」たちがいわば「仮想の国」を現実にしようとしているからです。

現在のドイツの憲法も体制も否定する「帝国の市民」のメンバーは、公的機関に従うことを拒絶しています。そのため、パスポートや運転免許証をはじめとする公式の身分証明を破棄し、税金も納めないことが一般的です。それに代わり、彼らは自分たちのパスポートや通貨まで作っているとみられます。

「こちらの世界」からみれば、彼らは身分を偽り、納税義務を怠っていることになります。一方、「帝国の市民」にとって実際の警察、役所、裁判所などは、「正当性のない命令を下してくる理不尽な存在」となります。そのため、「帝国の市民」メンバーは裁判所、警察、役所などとしばしばトラブルになっており、そのなかで武装化も進んできたと報告されています。

テロへの懸念

「帝国の市民」以外にも、ドイツでは極右過激派による事件が増加しています。ドイツ内務省の報告によると、極右による暴力行為は2014年に10,541件でしたが、2015年には13,846件に増加。このうち、外国人を標的にしたものは2,207件(2014)から4,183件(2015)に急増しています。

右翼テロ全体が増えるなか、ドイツ連邦警察は2017年7月に「帝国の市民」も大規模なテロ活動を起こす可能性を示唆。今年4月にはテロ対策などを専門にする連邦警察の特殊部隊(GSG-9)が、ベルリンなどで大規模な家宅捜索を実施しました。冒頭で紹介した、当局による「帝国の市民」メンバーからの武器没収は、このような背景のもとで行われたのです。

この他、「帝国の市民」は組織犯罪にも加担しているとみられています。2018年5月の家宅捜索でドイツ警察はドイツ人2人、ロシア人1人を、モルドバ人を偽のルーマニアのパスポートで入国させた人身取引の容疑で逮捕。当局は同様の事件が他にもあるとみています。

各地に広がる新右翼

現在の国家を否定し、自分をその一員とみなさないタイプの右翼は、ドイツ以外にもみられます。アメリカの「独立市民(Sovereign citizens)」と呼ばれる緩やかなネットワークは、銃携帯の自由や(差別的な言動を含む)表現の自由を強調する点で、他のアメリカ白人右翼と同じです。しかし、現実にある政府の正当性を認めない点でドイツの「帝国の市民」と共通します

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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