中国「国家主席の任期撤廃」改憲案 ──習近平が強い独裁者になれない理由
このような腐敗・汚職の取り締まりは、「政府内の派閥抗争」の文脈で語られやすいものです。つまり、反汚職キャンペーンという大義名分のもと、習氏は異なる派閥のメンバーを粛清してきたという見方です。
しかし、2015年6月に無期懲役の判決が下った周永康被告は、もとは習氏と同じく江沢民・元国家主席の系列に属していました。ここからブルッキングス研究所のチェン・リーは、「共産党体制のもとで増殖した汚職・腐敗は共産党体制そのものの正当性を揺るがしており、その取り締まりは派閥抗争以上の意味がある」と指摘しています。
海外から中国に進出する企業にとっても、あるいは中国から物資を調達している各国にとっても、その汚職対策は重要な課題です。また、富裕層や軍高官の摘発は、結果的に習近平主席への権力集中を促すものといえます。とはいえ、既得権益層に対する取り締まりが急速に進むことが、結果的に共産党体制の支持者の恨みを買うことになることもまた確かです。
「独裁者」のジレンマ
これまで世界には数多くの「独裁者」がいましたが、道徳的、倫理的な良し悪しはともかく、その多くは「登場する必然性」があって登場しました。さらに、どんな「独裁者」にも必ず支持者がいました。つまり、いくら本人に権力欲が色濃くあったとしても、それだけで「独裁者」が生まれるわけではありません。
中国の場合、市場経済化でたまった膿とも呼べる腐敗・汚職が共産党の支配の正当性を脅かしつつある状況が、これを立て直す者としての習近平主席の台頭を促しました。言い換えると、共産党支配という既存のシステムが経済成長と引き換えに社会に不満や憎悪を増幅させるなか、それでもそのシステムを支えるために「立て直す」必要があるという認識が体制内で広がったことが、習近平という時代の子あるいはモンスターを産んだといえます。
ただし、習氏が推し進める反汚職キャンペーンは、政敵の追い落としだけでなく、腐敗・汚職の追放という理念に沿ったものとしても、今まで「甘い汁を吸ってきた」共産党支持者を自ら切り捨てることになり得ます。それは、少なくともセウェルスが示した一つのモデルケースとは異なるものです。その意味で、共産党を立て直そうとすればするほど、習近平主席は「成功した独裁者」になるのが難しくなるジレンマに直面することになるといえるでしょう。
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。
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