コラム

クルド女性戦闘員「遺体侮辱」映像の衝撃──「殉教者」がクルド人とシリアにもたらすもの

2018年02月05日(月)19時52分

クルドの女性戦闘員

戦闘が続くなか、以前からYPGでは女性戦闘員の活動が目立っていました。YPGのなかにはクルド女性防衛隊と呼ばれる女性だけの部門があり、18歳から40歳まで約7000人のメンバーを抱えているといわれます

女性の社会参画が進む米国でさえ、米軍における全ての戦闘任務の女性兵士の参加が解禁されたのは2015年12月のことでした。これに対して、中東はむしろ女性の社会参画が遅れがちな土地として知られます。

このなかで多くのクルド人女性が最前線に立った理由は一様ではありません。AFPのインタビューによると、「ISにレイプされたり殺害されたりした友達の報復」と答える者もあれば、「家父長的な社会の慣習を断ち切るため」と答える者もあったといいます。

少なくとも、把握されている限り、クルド女性防衛隊の場合、その参加は自由意志に基づくもので、強制されたものではありません。クルド人社会ではアラブ人社会と比べて、イスラームの戒律や男性優位の構造が弱く、これが女性戦闘員登場の一因になったとみられます。

ともあれ、女性が銃を取り、自らの土地や民族のために戦う状況を指して、シリアで取材を続ける米国の女性カメラマン、エリン・トリエブは以下のように語っています。

「例えそれが彼女たちの主な目的でないとしても、クルド女性防衛隊はフェミニスト運動なんです。彼女たちは男女間の『平等』を求めています。なぜ彼女たちが戦闘に参加したか、その理由の一つはその文化のなかでの女性に対する見方を変えることなんです、自分たちが強くなれるし、リーダーにもなれるというね」

「殉教者」バリン・コバニ

この状況のなか、冒頭に紹介したように、2月3日にクルド人女性戦闘員の遺体を傷つける映像が拡散したのです。男性優位の志向が強いアラブ系民兵にとって、「自分たちに手向かう女性戦闘員」はことさら憎悪の対象になったとみてよいでしょう。

ともあれ、YPJはこの戦闘員を、クルド女性防衛隊に所属していたバリン・コバニ氏と確認したうえで、アラブ系民兵を支援するトルコを強く非難。シリアの反体制派の連合体「国民評議会」も、これを「犯罪的行為」と非難したうえで、「犯人」の調査を開始したと発表しています。

この映像はクルド人社会に大きな衝撃をもたらし、コバニ氏を含むYPJ戦闘員の葬儀には数千人のクルド人が参列し、そのなかの参列者はAFPの取材に「彼女は聖人になった」と語り、別の参列者はコバニ氏の家族に「彼女はあなたたちの娘であるだけでなく、私たちの娘でもある」と語ったといいます。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日銀、10―25年の国債買入れ初減額 「買入れ比率

ビジネス

アングル:「トリプルパンチ」の日米株、下値メド読め

ビジネス

トヨタのHV、需要急増で世界的に供給逼迫 納期が長

ビジネス

アングル:トランプ関税発表に身構える市場、不確実性
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story