コラム

中印国境対立の再燃──インドICBM発射実験で高まる「アジアのもう一つの核戦争の脅威」

2018年01月23日(火)14時00分

両国間の経済関係は貿易にとどまりません。インドは、2015年に中国主導で発足したアジア・インフラ投資銀行(AIIB)から2017年末までに約15億ドルの融資を受けており、同行最大の借入国となっています。

一般的に、経済関係が緊密になればなるほど、正面からの戦争は困難になります。自国の経済が相手国との取り引きを前提にしたものになれば、相手国に打撃を与えることは、それだけ自国もダメージを受けるからです。数百年にわたって戦争を繰り返したドイツとフランスが第二次世界大戦後、お互いに攻撃することをほぼ想定できなくなった一因は、経済交流の活発化にありました。中国とインドの場合も、お互いに核保有国であるばかりか、お互いに重要な経済取り引きの相手であるからこそ、簡単には攻撃できないといえるでしょう。

戦争は不可能だが、平和もあり得ない

ただし、経済関係が密接になることは、「戦争の回避が利益になる」ことをお互いに理解するきっかけにはなりますが、必ずしも「仲良くなる」とは限りません。人間関係と同様に、場合によっては、交流が活発になることでトラブルが増えることもあります。ところが、交流が活発になるほど、トラブルを力ずくで解決することは困難になり、それはさらなるフラストレーションを呼びがちです。

この観点から現代の中印をみると、「一帯一路」構想が中印の領土対立をエスカレートさせる要因になっているのと同時に、両国の衝突にブレーキをもかけており、「信用できない相手とつき合い続けなければならない」というストレスに基づく反感のみが募りやすいといえます。

東西冷戦の時代、フランスの社会学者レイモン・アロンは冷戦を指して「戦争は不可能だが、平和はありそうにない」と表現しました。

確かに冷戦時代の米ソは対立しながらも、その影響が大きすぎるために戦争を回避し続けました。しかし、米ソはほとんど交流を持たないことで「気に入らない相手とはつき合わない」と突き放すことができました。現代の中国とインドは、これと比較してもなお一層「戦争は不可能だが、平和はありそうにない」といえます。中国とインドの国境対立は、いわば経済取り引きがグローバル化し、トラブルを簡単に戦争で処理できない時代のフラストレーションを象徴するといえるでしょう。

その状況のもとでは、断固たる意志を示すことだけでなく、正面衝突を回避しながら利益を確保する微妙な外交手腕が求められます。それは中国とインドだけでなく、その他の国も同様であり、やはり中国と国境問題を抱え、インド海軍と定期的に軍事演習を行う日本もまた例外でないといえるでしょう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story