コラム

中印国境対立の再燃──インドICBM発射実験で高まる「アジアのもう一つの核戦争の脅威」

2018年01月23日(火)14時00分

インド軍のPinaka多連装ロケット砲(2018年1月21日) Rupak de Chowdhuri-REUTERS

2018年1月18日、インドは大陸間弾道ミサイル(ICBM)アグニ5(Agni-5)の発射実験を行いました。この実験は中国を念頭においたものとみられ、射程約5000キロのアグニ5は中国沿岸の一帯をカバーするものです。

【参考記事】インドの新型ICBMで「中国全土が核攻撃の射程内」

中国とインドの間にはもともと領土問題がありましたが、昨年からそれがヒートアップ。両国はいずれもアジアの大国で、核保有国です。この対立は北朝鮮の核・ミサイル開発とならぶ「アジアのもう一つの核戦争の脅威」として、周辺国にも小さくないインパクトをもたらします。

中国とインドの国境対立

両国の緊張は、2017年6月に中国が、ブータンとの国境付近のドクラム高原で道路建設を始めたことをきっかけに高まりました。

mutsuji180123.jpg

ドクラム高原はブータンが実効支配していますが、中国も領有権を主張しています。ブータンの中国への抗議を受け、ブータンの「保護者」インドがドクラム高原に部隊を派遣。これに対して中国も部隊を派遣し、両者は一時ドクラム高原でにらみ合う事態となったのです。

ドクラム高原をめぐる一触即発の事態は、8月に両軍が撤退したことで一時落ち着きました。中国とインドは、お互いに正面衝突するリスクを避けたといえます

もともと国境対立を抱えていた両国は、2012年に国境問題を定期的に話し合う会議(諮問・調整ワーキング・メカニズム)を設立。ドクラム高原での危機の後、11月にはこの会議が再開され、衝突を回避しながら「建設的かつ未来志向で」話し合いを続けることで合意されました。

対立の再燃

ところが、一時おさまっていた対立は年末に再燃。12月26日、今度はインド北東部のアルナーチャル・プラデーシュ州で中国による道路建設が確認されたのです

この土地は1954年からインドが実効支配してきましたが、常に中国との間で領有権をめぐる対立が続いてきました。実際、1962年に中国軍が侵入した中印国境紛争では、その主戦場となりました。そのため、インドはこの地の開発を進め、実効支配を強化してきました。

昨年末にアルナーチャル・プラデーシュ州で確認された中国の道路は長さが600メートルに及ぶものでした。インド側の報道によると、この際に出動したインド軍とインド・チベット国境警察(ITBP)が作業員を中国側まで追い返しました。

これに関して、1月3日に中国外務省スポークスマンは、報じられていた中国軍の展開を否定したうえで、「そもそも我が国はアルナーチャル・プラデーシュ州の存在を認めていない」と発言しています。つまり、「この地が中国のものである以上、道路建設そのものは問題ない」と強調しながらも、「中国が軍事的な緊張を高める意図はない」と主張したのです。これを反映して、中国国営のグローバル・タイムズ紙は同日「インドが戦争を欲している」という専門家の見解を報じています。

再びドクラムへ

インド陸軍のラワット司令は1月8日、「アルナーチャル・プラデーシュ州での国境対立が終息した」と発表。ところが、両国の対立はこれで終わりませんでした。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story