米国のインフレ上昇と悪い円安論の正体
「悪い円安」が起きているという議論の多くは的外れ
こうした中で、2021年後半から日本の経済メディア目立っているのは、1ドル115円に接近する円安が進むなかで、「悪い円安」が起きているとの主張である。「良い」「悪い」というのは、何らかの価値判断に使われる言葉だが、経済事象の本質から外れている議論が散見され筆者は苦々しく感じている。今の日本の状況をうけて、「悪い円安」が起きているとの議論の多くは的外れだろう。
一例をあげると、インフレ率の変動などを調整した実質実効ベースで通貨円が、1970年代以来の水準まで低下していることをうけて、「行きすぎた円安」が起きているとされている。実質実効ベースの円が大きく低下しているのは事実である。ただ、この動きと合わせて、ガソリンの価格上昇で家計の負担が増えていることが強調され、円安が貧しい日本の象徴であり、「悪い円安」と庶民感情に訴えるかのような議論は本末転倒だろう。
仮に、円安が望ましくないとすれば、通貨価値に決定的に影響を及ぼす金融緩和政策が妥当ではないことになる。先に述べた通り、日本においてはコロナ後の経済復調が芳しくないため、かなり低いインフレのままである。つまり、金融緩和政策はもっと強化される余地があるし、金融緩和を後押しする拡張的な財政政策が必要だろう(実際には、2021年から、税収が大きくに伸びる一方で財政支出が減少したとみられ、財政政策はかなり緊縮方向に転じたと言える)。今後更に円安が進む可能性は低いと筆者は予想しているが、日本において妥当な金融財政政策が続くなら、更に円安が進んでも不思議ではないだろう。
岸田政権下で再び長期停滞期に舞い戻るリスクが大きい
1990年代前半までは、日本は一人当たりGDPで比較して先進国の中でも最も豊かな国に属していたが、1990年代後半から経済が停滞期に入り、2000年代以降は普通の先進国程度まで経済的な豊かさは低下した。その意味で、「日本国民が貧しくなっている」との認識を筆者は抱いている。
ただこれは、1990年代半ば以降に緊縮的な金融財政政策が続き、超円高が長引きデフレに陥るとともに、実質GDP成長率が長期にわたり停滞し続けたことが引き起こした。第2次安倍政権発足と同時に起きた金融政策のレジーム転換によって、デフレ圧力が後退して雇用が生まれ、2012年から2017年頃まで、主要な欧州諸国と遜色ない程度には日本でも一人当たりGDPが伸びた。
ただ、コロナ後の復調局面で再びスムーズに経済成長を遂げた米国と比べると、日本は「置いてけぼり」とも言える経済パフォーマンスとなり、再び大きな差が開きつつある。日本のコロナ後の政策の多くが機能不全となっていることが一因だが、最近の的外れな「悪い円安論」が目立つことには、今後も日本の経済政策が妥当に行われないとの筆者の疑念を強める。米英などと大きく経済状況が異なるにもかかわらず、「船に乗り遅れるな」という薄弱な理由で、緊縮的なマクロ安定化政策に転じる予兆と言えるからだ。
1月中旬には、「2%インフレを実現する前に日銀が利上げを行う」との一部メディアの観測報道が話題になった。この観測報道の出所は、1990年代後半から長年にわたりデフレを放置してきた日本銀行OBだろうと、筆者は推測している。緊縮的政策志向が極めて強いのだが、現行の日本銀行の体制では本音を隠す官僚組織の代弁者としてOBが振る舞っているのではないか。実際に、黒田日銀総裁は1月18日の会見において、早期利上げの議論について否定した。ただ、岸田政権が発足したことで、極めて保守的な経済官僚が今後のマクロ安定化政策の舵をとる可能性が高まっているようにみえる。
本来であれば米英で現在起きているインフレ上昇は、金融財政政策をしっかり行えば日本のデフレは克服することができる、ことを示す事例といえる。ただ、日本では、保守的な経済官僚が緊縮的な政策に転じる理由として使われるのかもしれない。日本銀行の早期利上げの観測、それと親和性が強い「悪い円安論」の議論が目立つが、それは岸田政権下においてコロナ後の日本経済が再び長期停滞期に舞い戻るリスクが大きいことを意味する、と筆者は警戒している。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
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