話題作『由宇子の天秤』に足りないのは? 春本監督に伝えたいこと(森達也)
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<カメラは由宇子と共に動いてゆく。由宇子がいないシーンはほとんどない。徹底して禁欲的な手法は理解するが、見ながら不満がたまってゆく。志は大いに共感できるし、テーマも素晴らしいのに...>
見たほうがいいよと何人かに言われた。絶賛している友人も多い。だから見た。見終えて吐息が漏れた。感嘆の吐息ではない。微妙過ぎる仕上がりに漏れた吐息だ。
『由宇子の天秤』の由宇子は、女子高生と教師の自殺事件を追うテレビドキュメンタリーのディレクター。保身を優先するテレビ局上層部と対立を繰り返しながら、少しずつ事件の真相に近づいてゆく。しかし由宇子はある日、学習塾を経営する父が隠していた衝撃的な事実に直面する。それはまさしく、自分がいま撮っている作品のテーマに、際どく抵触する事態だった。
......ざっくりとストーリーを紹介した。ここまでは前半。後半ではドキュメンタリー制作と父親のスキャンダルに絡めて、由宇子は2つの嘘に翻弄される。
全編をとおしてカメラは由宇子と共に動いてゆく。由宇子がいないシーンはほとんどない。観客は由宇子と同じ視点しか与えられない。彼女がいないときに何が起きていたのか。その情報は提供されない。だからこそ由宇子が受ける衝撃を、観客も同じように体験する。
徹底して禁欲的な手法は理解する。でも見ながら不満がたまってゆく。その理由は分かっている。画が足りないのだ。一つだけ例を挙げる。なぜスマホで撮るシーンを見せながら、スマホの映像を見せないのか。それは些細なこと。でも映画の神は細部に宿る。由宇子の視点で終始するから、由宇子自身の悩みが分からない。伝わらない。映画は欠落を想像する媒体でもあるけれど、その欠落が露骨過ぎて想起させてくれない。
監督の意図は分かる。映画的作法を拒否したいのだろう。その思いは僕にもある。定型的なモンタージュに作品を埋没させたくない。ご都合主義のストーリーにはしたくない。謎や伏線が全て回収されることなど現実にはあり得ない。人の営みに矛盾や嘘はあって当然だ。
でもこれは現実ではない。映画だ。伏線は回収するべきだ。矛盾を放置すべきではない。少女のおなかの子供の父親は結局のところ誰なのか。なぜ由宇子は自分の父親だと確信できたのか。なぜ遠くの街で堕胎するという解決策を思い付かないのか。少女を嘘つきと断言した少年の言葉はどう回収すればいいのか。自殺した教師のスマホは真っ先に警察から調べられるはずだ。テレビ業界で「ドキュメンタリー監督です」と自称する人はまずいない。だいたい事件取材で、自殺した当人の姉にまでインタビューするという展開は無理筋過ぎる。メディア批判も表面的だ。
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