「顔の俳優」高倉健は遺作『あなたへ』でも無言で魅せた
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<器用な俳優でなければ演技派でもない。決して端正でもないし、無骨な上に顔が大きい。それでも彼の映画を観てしまうのには理由がある>
高倉健は顔の俳優だ。
ずっとそう思っている。『網走番外地』や『昭和残侠伝』のシリーズは、さすがに時代が合わずほとんど観ていないが、東映専属時代の最後期の作品『新幹線大爆破』以降は、全てではないがほぼ観ているはずだ。
誰もが同意すると思うが、決して器用な俳優ではないし、もちろん演技派でもない。でも映画を観てしまう。だって顔がいいのだ。
売れる俳優の条件として、人柄が良いことは重要だ。映画の現場はキャストとスタッフが長く寝食を共にする。嫌な奴とは一緒の現場にいたくない。そして何よりも、内面は表情や声ににじむ。人は無意識領域でこれを感知する。演技ではごまかせない何かがある。
肩書の1つは映画監督だけどドキュメンタリーを専門にしてきた僕は、高倉健に会ったことはない。でも彼についての話はよく耳にした。あるベテラン俳優は、自分の出番がしばらくない「待ち」の状態なのに現場でずっと椅子に座らず立っているんだよ、と僕に教えてくれた。座ることを勧めても、みんなが仕事しているのだから立っています、と応じなかったという。高倉にはこの手の伝説が多い。半分を割り引いても、実際にそういう人だったのだろう。
表情の説得力がすさまじい
決して端正ではない。よく見ればかなり武骨だ。しかも顔が大きい。長身だから立ち姿はトミー・リー・ジョーンズに似ている。表情は豊かではないし、大笑いとか号泣するイメージはない。だから平板な俳優なのか。違う。せりふがないときの表情がとても豊かで、しかも微妙。顔だけで気持ちが分かる。いや、「分かる」のではなく「伝わる」。特に何かを決意するとき。何かをためらうとき。何かを願うとき。無言で唇を引き締め、一瞬だけ目が泳ぐ。かすかに吐息をつく。そんな微細な表情が言葉よりも豊かな思いを伝える。
例えば青函トンネル工事を描いた『海峡』。ラストで発破音とともにトンネルが貫通した瞬間、水にぬれた高倉の顔がスクリーンいっぱいに広がる。やはりせりふはない。顔だけ。でもそれで十分だ。何か事をなし得たとき、きっと人はこんな表情を浮かべる。その説得力がすさまじい。
高倉の作品は数多いが、今回は2012年に公開された『あなたへ』を取り上げる。監督は『冬の華』や『鉄道員(ぽっぽや)』など多くの高倉の作品でコンビを組んできた降旗康男。高倉にとっては『単騎、千里を走る。』以来6年ぶりの主演映画だ。ちなみに出演作品としては205本目。そしてこれが遺作になった。
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