コラム

雇われる側を叩く言葉は自らの首を絞める

2021年06月30日(水)11時00分
東京の人混み

LanceB-iStock.

<「なぜ帰国させられると分かっているのに妊娠するのか」そんな言葉が相次いだ。私たちの大半は雇われる側だ。決して外国人だけの話ではない>

先日、ウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」に外国人技能実習生と妊娠・出産というテーマでいくつかの記事を執筆した(「彼女がしたことは犯罪なのか。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産(1)」など)ところ、SNSでこんな趣旨の感想を数多く見掛けた。

「なぜ帰国させられると分かっているのに妊娠するのか」「働きに来たのだから帰国させられて当然」「なぜ避妊しないのか」などなど。

妊娠すると帰国を迫られる実習生が少なくないことを問題視した私の文章に対して、いずれもむしろ妊娠した実習生側に落ち度があると非難する言葉だ。想定内ではあれ、実際に目にするとげんなりするものがあった。

背景を説明しよう。2010年代に入って以降、人手不足に悩む地方の農漁業や工場などで急速に実習生の受け入れが進んだ。

だが、その4割超を女性が占めるなか、あくまで安価な労働力としか見ない雇用主らが、妊娠した女性に無理やり帰国を迫る事例が後を絶たず、なかには恋愛自体を禁止する事業者も存在する。帰国の恐怖で相談できず、孤立出産にまで至る場合もあった。

男女雇用機会均等法が定めるとおり、結婚や妊娠、出産を理由とした解雇などの不利益取り扱いは違法であり、雇用主には労働者の恋愛を禁止する権利も当然ない。

国籍の違いにかかわらず、そんな契約を結んだところで無効であり、法的には何の意味もない。時給100円のアルバイト契約が無効なのと同じだ。最低賃金法が規制しているからである。

だが日本人には産休や育休を認めても、実習生には帰国を迫るという事業者が実際に存在する。もしこうした扱いの差もやむを得ずと感じるとすれば、そこには外国人や実習生への差別的な発想があると指摘せざるを得ない。

そもそも、実習期間中の妊娠や出産を「想定していない」と明言する政府自体の問題も大きい。

雇う側と雇われる側の非対称な関係が存在する労働の世界では、「自由意思で契約すれば何でもOK」ではない。小学生を雇ったり奴隷的な契約を結んだりすることは、たとえ本人が望んでも違法だ。

労働者を保護し、見掛け上の「自由な契約」によって人間がボロボロにされないために、労働法が整備されてきた。

プロフィール

望月優大

ライター。ウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書に『ふたつの日本──「移民国家」の建前と現実』 。移民・外国人に関してなど社会的なテーマを中心に発信を継続。非営利団体などへのアドバイザリーも行っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story