習近平は豹変する
このたびの二つの大きな方針転換の政治的背景には昨年10月の党大会後に確立した習近平の独裁体制の強化があるのだと思われる。昨年11月の本コラムでも論じたように、党大会での習近平演説では「強国」や「安全」という言葉を連呼し、国家による経済や社会に対する統制を強化するニュアンスを醸し出していた。柯隆氏などは「習近平報告のキーワードをAIに調べさせた(ところ)、『改革』『開放』という言葉が入っておらず、ショックだった」と言っている(『国際貿易』2022年12月25日・2023年1月5日合併号)。もっとも、私がWordで普通に検索したところ、習近平演説のなかで「改革」は51回、「開放」は29回出てくるので、どうも氏のAIは数え方が雑なようである。
それはともかくとして、習近平演説では改革や開放という言葉は使っているものの、何を改革するのか、何を開放するのか、という具体的な方針が見えてこなかったのは事実である。習近平演説を読んで、表面上はともかく、改革開放が実質的には止まってしまうのではないかという感想を私も持った。
そして党大会後の人事が習近平の全面的勝利に終わった以上、中国は国家統制や国有企業の強化、民間企業の規制という方向へ突っ走り、ゼロコロナ政策にもこだわっていくのだろうと予想された。
ところが、そうした予想を覆して、昨年12月に二つの大きな転換が行われた。ということは、習近平はもともとゼロコロナ政策に反対、民間企業振興の立場であったのだろうか。おそらくそうではないだろう。コロナ対策にしても民間企業に対する方針にしても、専門家や党幹部の間にはもともと複数の異なる意見が存在していたはずである。党内の勢力がある程度拮抗している段階では、そうした意見の違いが政争の種となり、政治家はそれぞれの意見に固執して争う。ところが、指導部が習近平のイエスマンばかりで固められた状況下では、政策方針を大きく転換しても、過去の政策の失敗の責任を問う声はどこからも上がらないので、習近平は政策を自分が思ったように転換するフリーハンドを得た。そのことがこのたびの政策の大転換に現れたのだと思われる。つまり、今回の大転換からわかったことは、習近平は豹変するということである。
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