コラム

インド太平洋経済枠組み(IPEF)は国際法違反にならないのだろうか?

2022年05月30日(月)14時43分

東京でIPEF発足を宣言したバイデン大統領(5月23日) Jonathan Ernst- REUTERS

<「中国外し」でアメリカが強引に提案してきたIPEFにつきまとう違和感。追随する日本に利はあるのか>

5月23日に、来日中だったアメリカのバイデン大統領が「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の発足を宣言した。IPEFにはアメリカ、日本、韓国、インド、オーストラリア、ブルネイ、インドネシア、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム、フィジーの14カ国が参加する。

この報道をテレビのニュースで聞いていると、どんどん違和感が増してくる。NHKによるとIPEFは「中国への対抗を念頭に、強じんで公平な経済の構築を目指す」(NHK、5月18日)ものなのだという。ということは、最初から中国を仲間外れにすることを目的にしているらしい。実際、中国の王毅外相は「特定の国を意図的に排除するなら間違っている」(日本経済新聞、5月24日)と反発した。それに対してどこの国も「いや、中国さんにも門戸は開かれていますので、入りたければどーぞ入ってください!」ととりなした様子はない。つまり、王毅外相のいうように中国を排除するものなのだろう。

GATT「無差別」の原則はどこへ?

だが、特定国の排除を標榜する経済協定は、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)の第一条に定められた一般的最恵国待遇の原則に反するのではないだろうか。GATTは第二次大戦後の世界経済の繁栄を支えてきた最も重要な国際法である。1995年に世界貿易機関(WTO)が発足してからも、1994年に締結されたGATTがその基本法規となっている。そのGATTの原則は「無差別」、つまり加盟国は他の加盟国に比べてより高い関税を課せられるといった差別待遇を受けないことにある。

GATT加盟国である中国を差別することを本旨とするIPEFができることに対して、なぜ「それは国際法違反ではないだろうか?」とか、「国際法違反にならないような枠組みにしていく必要がある」というコメントがつけられることなく報道されるのか、私にはよく理解できない。

断っておくが、私は国際法の専門家ではないし、インド太平洋経済枠組みは発足したといってもその中身を詰める作業はこれかららしいので、現時点で国際法違反だというつもりもない。だが、少なくとも中国の排除を標榜する枠組みがGATT・WTOの精神に反していることは明らかだと思う。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:保護政策で生産力と競争力低下、ブラジル自

ワールド

焦点:アサド氏逃亡劇の内幕、現金や機密情報を秘密裏

ワールド

米、クリミアのロシア領認定の用意 ウクライナ和平で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 4
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 7
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 8
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 9
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 10
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story