コラム

新疆の人権状況を改善するにはどうしたらよいのか?

2021年04月20日(火)19時20分
ワシントンで中国のウイグル弾圧に抗議するイスラム教の導師

ワシントンで中国のウイグル弾圧に抗議するイスラム教の導師(2020年7月3日) Leah Millis-REUTERS

<制裁や圧力では、中国は内政干渉だと反発するばかり。それに人権問題は先進国にもある。そこで、互いの人権問題を報告し改善を目指す「人権対話」を提案する>

4月16日に日米首脳会談が開かれ、その後発表された共同声明のなかで「香港と新疆ウイグル自治区における人権状況に対する深刻な懸念を共有する」という一文が盛り込まれた。いずれの地域でもたしかに深刻な人権侵害が起きていると私も思うし、中国政府に改善を求めていく必要があるとも思う。

ただ、多数のジャーナリストが常駐する香港の事情はわかりやすいのに対して、新疆の事情はわかりにくいため、的外れな報道が多く、かえって逆効果になりそうな対策さえ主張されている。

その一例が「新疆の綿花畑でウイグル族が強制労働させられている」という説であり、これについては前回のコラムで検討を行った。その要点をまとめると次の通りである。


新疆は中国の綿花生産の8割以上を占める大産地である。夏から秋にかけて2カ月半にわたって行われる綿花の摘み取り作業は多くの人手が必要であるため、かつては中国の内地から大勢の出稼ぎ労働者が新疆に来ていた。綿花畑の多くは漢族が入植した北疆にあるため、ウイグル族が綿摘みの労働をすることは稀であった。

だが、「2020年までに貧困人口をゼロにする」という国全体の方針を受け、新疆自治区政府は貧困人口を削減するために2016年から綿摘み作業に自治区内の農民や牧畜民たちが従事するよう促すようになった。その政策に基づき、南疆に住むウイグル族の人々が南疆の綿花畑で綿摘み作業に従事するようになった。一方、北疆の綿花畑では綿摘みの機械化が進み、出稼ぎ労働者が来ることも少なくなった。

不買運動はウイグル族を貧困に追いやる

中国での報道から以上のようなことがわかるが、「綿花畑で強制労働が行われている」という説はこうした報道を曲解したレポートが大元となっている。その説が独り歩きしてしまった結果、新疆綿を使い続ける企業は強制労働を追認する企業だ、という主張までなされるに至っている。

もしこの主張に従って、日本や欧米のアパレルメーカーが新疆綿の使用を取りやめた場合、どういうことが起きるだろうか。

まず、新疆の綿花に対する需要が激減して綿花畑は困るであろう。新疆の綿花畑は欧米や日本からの受注を取り戻すために、綿摘み作業を機械化したり、2015年までのように中国内地からの出稼ぎ労働者を雇うようになるだろう。ウイグル族を雇っていなければ、「強制労働」とのそしりを免れることができるからである。

その結果、綿花畑で綿摘みの出稼ぎをしていたウイグル族の人々は職を失い、その多くは貧困に逆戻りする。これでウイグル族の人権状況が改善したことになるのだろうか。私には逆効果だとしか思えない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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