コラム

「さよならアジア」から「ようこそアジア」へ

2019年09月19日(木)11時05分

日本経済が頼りにする訪日観光客も、大宗はアジアからの旅行者だ Pierre Aden-iStock

<亡くなった長谷川慶太郎氏は生前、アジア経済の将来になど幻想を持つな、日本経済がアジアを圧倒する日が再び来ると主張してきたが、それは誤りだった。今こそ、アジアを見下す傾向、見下したい欲求を克服すべきだ>

経済評論家の長谷川慶太郎氏が9月3日に亡くなった。

長谷川氏の膨大な著作のうち、私が読んだことがあるのは私が大学生の頃に刊行された『さよならアジア』(ネスコ、1986年)の一冊のみで、それも読んですぐにゴミ箱に収納したので、長谷川氏の業績について評論するような立場にない。

ただ、『さよならアジア』は印象的だったので、だいたいの内容を記憶している。長谷川氏いわく、いま(1986年)「アジアの時代が来る」なんてもてはやしている人がいるが、そんなのは幻想だ。アジアを見渡せば、貧しい国ばかりであり、政治も腐敗している。それにひきかえ日本経済は絶好調であり、アジアのなかの日本はまるで「掃き溜めの鶴」のようである。ブームに乗ってアジアに投資なんかしたら損をするから、日本はアジアとは縁を切り、欧米とともに歩んでいくべきだ――。

私は長谷川氏の見通しは誤っていると思い、これからはアジアの時代だと確信して翌年アジア経済研究所に就職した。ただ、1930年代生まれぐらいの日本人、つまり高度成長の時代に一生懸命に額に汗して働き、日本が復興して世界有数の富裕国に躍進する過程を体感してきた人々には長谷川氏のような見方がけっこう支持されていたように思う。

日本はアジアの70%から18%に

実際、『さよならアジア』が刊行された翌年の1987年には、日本の国内総生産(GDP)はアジア全体の70%を占めていた(なお、ここでいうアジアとは日本、韓国、中国、台湾、香港、マカオ、ASEAN、インドを指す)。経済力で見るかぎり、日本経済の存在感は圧倒的であり、「掃き溜めの鶴」という形容は誇張とはいえなかった。

そこまで日本経済を押し上げるのに奮闘した世代が、この辺で自分たちの成果に胸を張りたい。長谷川氏の言論はそうした世代の気分を体現していたように思う。

だが、「掃き溜め」かと思われたアジアにはすでに成長の種子がまかれていた。日本のGDPが米ドルで測ると1994年に4.9兆ドル、2017年も4.9兆ドルと、ほとんど横ばいで推移する中、アジアではまず韓国、台湾、香港が、次いでタイやマレーシア、そして中国、インドがいずれも日本を上回る速いペースで成長していった。その結果、2018年には日本のGDPはアジアの18%にまで縮小した(図1)。

marukawa_asia1.jpg

その間の長谷川氏の言論については、私はもっぱら新聞広告を通じてしか知らないが、繰り返し日本経済の復活を予測し、中国経済はまもなく崩壊すると予言し、再びアジアが日本の前にひれ伏す日の到来を信じていたようだ。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story