コラム

人民元安をもたらしたのは当局の操作か、市場の力か?

2019年08月10日(土)13時00分

人民元安になった後、トランプ政権はすかさず中国を「為替操作国」に指定したが REUTERS/Jason Lee/Illustration

<11年ぶりの1ドル=7元台には、為替操作と見る向きと市場のなせる業と見る向きに分かれているが、歴史的にデータを振り返ると、今年はこれまでとは違うようだ>

8月1日にトランプ大統領が中国に対して関税第4弾を9月1日から課すと発表し、これで中国からの輸入ほぼすべてに追加関税が課される異常事態となった。すると、8月5日に人民元の対ドル為替レートが2008年以来11年ぶりに1ドル=7元台に下落した。

たしかに、アメリカが次々と繰り出す関税攻撃に対して人民元安は有効な対抗措置である。仮にすべての輸出品に25%の関税を課されたとしても、人民元の対ドル為替レートが1ドル=8.3元にまで下がれば、関税の影響をほぼ相殺できることになる。

だが、そう思ったのもつかの間、アメリカは中国を「為替操作国」に指定した。アメリカは今度は「為替操作」を口実としてさらに関税を上乗せするという圧力をかけてきた。米中貿易戦争は泥沼化の様相を帯びている。

ところで、今回の人民元安に対しては、二つの解釈があり、同一の新聞記事のなかでも二つの解釈が混在している。

2019年に入ってからの誘導か

一つは、元安の流れは市場の趨勢であって、中国人民銀行はこれまではむしろ1ドル=7元のラインを割らないように人民元を防衛してきたが、このところ景気下支えの狙いもあって市場が元安に向かうのを容認している、というものである。つまり、7月までは中国当局はむしろ元安にならないように為替操作をしてきたが、それを緩めたから元安になったという解釈である。この解釈が正しいのだとすれば、アメリカは中国が為替操作を緩めたとたんに為替操作国に指定したことになる。

もう一つの解釈は、人民元の為替レートは、中国人民銀行が毎日基準値を設定し、当日はその上下2%の範囲でのみ変動することになっている、だからしょせん政府のコントロール下の変動相場にしかすぎない、というものである。この解釈によれば、今回の元安は中国当局が仕掛けてきた「カード」なのだという。

私の見るところ、人民元の為替レートの決定メカニズムに関する理解としては、2015年8月の為替改革から2018年に至るまでは第1の解釈が正しいが、2019年に入ってからの元安に対する人民銀行の行動は微妙で、やや元安を誘導したようにも見える。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、1─3月期は予想下回る1.6%増 約2年

ワールド

米英欧など18カ国、ハマスに人質解放要求

ビジネス

米新規失業保険申請5000件減の20.7万件 予想

ビジネス

ECB、インフレ抑制以外の目標設定を 仏大統領 責
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story