日米FTAの交渉が始まった事実は隠せない
同時通訳が「2国間協定」を「FTA」と間違った、と政府は言うが(11月13日、東京の首相官邸) Issei Kato- REUTERS
<総理官邸やNHKまでがペンス米副大統領は日米の「FTA」交渉を始めるとは言っていない、同時通訳者は誤訳したのだと言い張っている。だが少し調べれば、誤訳などではなかったことは明らかだ>
11月13日に行われた米ペンス副大統領と安倍首相との会談をめぐってちょっとした騒動が起きている。会談後の13日正午から共同記者発表が行われたのだが、その時にペンス副大統領が「自由で、公平、互恵的な貿易の機会は、bilateral trade agreementによってもたらされます」と発言した。その"bilateral trade agreement"の部分を同時通訳者が「FTA(自由貿易協定)」と訳したのに対して、西村康稔官房副長官が記者発表後のブリーフで「同時通訳でBilateral trade agreementをFTAと訳した。しかしまさに2国間協定でありFTAではない」と訂正した(『日本経済新聞』2018年11月14日)。
それに歩調を合わせるように、13時からのNHKニュースも、「ペンス副大統領の同時通訳で『2国間による貿易協定』を『FTA』と表現しましたが、これは誤りでした」として、テロップで「×FTA・自由貿易協定 ○2国間による貿易協定」と流したらしい。
私は共同記者発表の実況を見ていないのだが、たしかにホワイトハウスが発表した文字起こしや外信の報道を見ても、ペンス副大統領は"bilateral trade agreement"と発言したようなので、「2国間による貿易協定」と訳すのが英文法上は正しい、ということになるだろう。
しかし、「FTA」という訳がわざわざ訂正を要するような誤訳かといえばそうではない。ペンス副大統領は11月12日にツイッターで「東京に着いた。安倍首相と会ってFTAの交渉などについて話し合う」と書いている。ペンス・安倍会談について報じたロイターの記事のタイトルも「ペンス副大統領は二国間FTAを結ぶよう日本をプッシュした」となっている。同時通訳者も当然そうした背景を理解したうえで、「FTA」と訳したのであろう。「意訳」ではあっても「誤訳」とはいえない。
本質は日米FTAに他ならない
そもそもFTAではない二国間貿易協定を日本とアメリカが結ぶことは国際法上ありえない。日本とアメリカはともに世界貿易機関(WTO)の加盟国であり、その基本法である関税と貿易に関する一般協定(GATT)を守る義務を有する。GATTの大原則は「最恵国待遇」であり、加盟国すべてを「最恵国」として扱わなければならない。要するにどこかの国をえこひいきしてはいけないのだ。
だから、本当は特定国だけを優遇する自由貿易協定(FTA)も好ましくないはずなのだが、GATT第24条では貿易を一層促進するために例外的に関税同盟や自由貿易協定を認めている。但し、それには条件があって、一つは第三国との貿易に対して障壁を高めないこと、もう一つは関税同盟や自由貿易協定のメンバー間では実質上すべての貿易について制限をなくすることである。
要するに、日本がアメリカ産牛肉と豚肉に対する関税を下げる代わりに、アメリカが日本産自動車の関税を下げるといった適当な貿易協定で手を打つようなことは許されず、日米で貿易協定を結ぶならばそれはほとんどの品目について関税をゼロにするような協定、すなわち自由貿易協定(FTA)を結ぶ以外の選択肢はないということだ。
日本はかつてはWTOを重視する立場からFTAには消極的だったが、アメリカ、ヨーロッパ、韓国などがFTAや関税同盟に向かったことから積極的にFTAを結ぶ方針に転換した。遅れをとった分、他国との差別化をしたくなったようで、FTAではなく経済連携協定(EPA)と称し、貿易の自由化だけでなく、人の移動などの要素も取り込んだ協定を結んできた。もちろんEPAはFTAを含みこんだものであり、WTOにはFTAだとして報告されている。
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