コラム

火災から2週間で抹消された出稼ぎ労働者4万人が住む町

2018年01月05日(金)17時00分

この出稼ぎ労働者の町ができたのは2002年に地元の西紅門鎮政府が工業団地の一角を「軽紡アパレル産業基地」とし、アパレル工場を誘致したのがきっかけである(阿七「北京新建村:一鍵刪除」捜狐・社会)。工場で働く労働者たちを目当てに、新建村の村民たちが自宅を2、3階建てのアパートに改築し、労働者たちを住まわせた。自宅といっても一軒の農家が数百㎡の土地を持っているので、かなりの大きさの建物が建てられる。やがてそうした建物に商店が入居するようになり、さらに新建村のそこかしこで零細なアパレル縫製工場を経営する人たちも増えてきた。建物の一室や地下などを使って従業員5~30人ぐらいの規模でアパレル縫製やアパレル副資材の加工を行う企業が多数あったようだ(「北京新建村加速騰退」『新京報』2017年11月30日)。私が訪れた時も、建物の壁に「縫製労働者募集」といった張り紙がいくつも残っていた。

marukawa20180104232104.jpg
縫製工場の求人広告 Tomoo Marukawa

こうして新建村は中小アパレル工場、住宅、商店が密集した賑やかな町になったが、11月18日の火災ののち、わずか2週間のうちに巨大な廃墟になった。

永住する場所ではない

いくら火災の悲劇を繰り返さないためだといっても、4万人も住んでいた町全体をつぶしてしまうのは余りに理不尽である。新建村のなかでアパレル工場や商店で働いていた人たちは住居だけでなく生計の道をも奪われた。町の住民たちが抗議のために立ち上がってもよさそうなものだが、ネット上での報道を読む限り、住民たちはみんなさっさと荷物をまとめ、家電製品やミシンなどを売り払って出ていってしまい、立ち退きを拒否する人はいなかったようだ。

新建村の住民たちは火災が起きる前から早晩立ち退かされることを予期していたようである。実は2017年9月に村役場が新建村の住民に対して、この町は危険住宅地区の改造計画に入っているから移転合意書に署名して出ていくように、と通達していた。火事が取り壊しを早めたことは間違いないが、この町はいずれにせよ取り壊される運命にあったのである。

新建村に住んでいた出稼ぎ労働者たちは、北京市戸籍を持たないよそ者である自分たちはいつでも追い出されうる存在なのだと達観していたのだろう。新建村からさらに45キロ南下した河北省永清県が「アパレルの都」を目指し、アパレルメーカーを誘致しているというので、そちらへ向かった住民も少なくないようだ(王妍・麻策「最後的新建村」i黒馬網)。たくましい移民たちはきっとよその土地でアパレル工場や商店を再興するに違いない。

だが、そうした人々の仮住まいの意識、およびそうした意識を生み出す社会の構造こそが悲惨な火災を招いた根本原因だと思えてならない。つまり、出稼ぎ労働者たちはしょせん自分たちは北京市内に永住することを許されない存在だと思っているから、北京にいられる間になるべく稼ごうとして安い住居に住む。安全性に問題があると感じていても、永住する場所ではないから、北京に住む数年間さえ無事に過ごせればそれでいいと考えてしまう。

だから、北京に1990年代に存在した「浙江村」のように、その場しのぎのいい加減な建築が乱立することになる。北京市に事業機会がある限り、人の流入は止まらない。市政府が時々思い出したように違法建築の建物を取り壊しても、出稼ぎ労働者たちに市民的権利を与えない限り、仮住まいの移民たちの集住地がこれからも生まれ続けるであろう。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story