コラム

火災から2週間で抹消された出稼ぎ労働者4万人が住む町

2018年01月05日(金)17時00分

出稼ぎ労働者が多い新建村の住人。北京永住は許されず「どうせいつか追い出される」という気持ちから、少しぐらい危険な建物でも気にしない傾向がある(火災現場の近くで) Thomas Peter- REUTERS

<出稼ぎ労働者は数日以内に退去させられ、町そのものも2週間で廃墟と化した。住まいも仕事を失った労働者がすんなり立ち退いた理由は>

2017年11月18日、北京市郊外の出稼ぎ労働者たちが多く住む町でアパート火災が起き、子供8人を含む19人が亡くなった。火災発生の翌日、北京市共産党委員会書記の蔡奇は北京市の各区のトップたちを現場に集めて視察したのち、緊急会議を開き、市内全域で安全性に問題のある建築を徹底的に検査して是正するよう指示した。

この指示を受けて、火災が起きた西紅門鎮新建村では火災の数日後、ここに住む出稼ぎ労働者たちに対して「3日以内に立ち退くように」という通達がなされた。なかには通達から3時間以内に立ち退くように言われたレストランもあったという。

このたびの北京市における外来人口の追放劇については前回のコラム(リンク)でも取り上げたが、そのなかで私は火災が起きた町について「都市と農村の境のようなところ」と書いた。だが、実際に現場に行ってみてこの描写は適切ではないことがわかった。

【参考記事】北京の火災があぶり出した中国の都市化の矛盾

残された町の残骸

その町は、北京の天安門広場からほぼ真南に20キロほど下ったところにある。北京から高速道路で真南に向かうと、市街地が尽きて、しばらく畑が続き、やがて工業団地が現れた。数キロにわたって碁盤の目のように広い道路が整備され、アパレル、電子、自動車部品などの大きな工場が並んでいる。

いったいこんなところに出稼ぎ労働者たちが住む町などあるのだろうかと思い始めていたところ、「新建村」というゲートをくぐったところに東西1.1キロ、南北1キロの町が忽然と現れた。

marukawa20180104232101.jpg
町の入り口にある「新建村」というゲート Tomoo Marukawa

いや「町が現れた」というのは正確ではない。私が見たのはむしろ「町の遺跡」だ。つい1カ月半前まで4万人の出稼ぎ労働者たちが住んでいたという町の残骸である。町の北半分は建物がすっかり取り壊され、がれきの山が広がっていた。町の南半分は、建物こそは残っているものの、住民たちはすでに立ち去り、もぬけの殻になっていた。

火災が発生した「聚福縁公寓」というアパートが入っていた建物は町の北半分に属するが、捜査が続行中のため建物は残っていた。東西80メートル、南北76メートルもある地上2階、地下1階の建物である。2階部分には305室のアパート、1階にはレストラン、商店、銭湯、アパレル工場などが入り、地下1階を冷蔵倉庫に改造したばかりだった。地下の冷蔵倉庫で電気回路がショートしたのが火災の原因だとのことだ。火災ののち、資格のない者が工事していたとして建物の管理者や工事担当者らが逮捕された。

marukawa20180104232102.jpg
火災が発生したアパートが入っていたビル Tomoo Marukawa

廃墟となった町を歩くと、私が想像していたよりもずっとちゃんとした町であることがわかってきた。狭いけれど碁盤の目のようにまっすぐな道の両側にはスーパー、理髪店、服屋、携帯電話店、診療所、パン屋、理髪店、銭湯、中国各地の料理のレストランが軒を連ねていた。町の中に幼稚園がいくつもあるのも目についた。今回の火事でも6才以下の幼児が7人亡くなっている。町の住民の多くが就学前の子供たちと住んでいたようだ。

marukawa20180104232103.jpg
新建村の商店街跡 Tomoo Marukawa

町のなかで二つだけ現在も営業中の施設があった。それは小学校と老人の集会場である。いずれももともとこの地域に戸籍がある地元民を対象としている。つまり出稼ぎ労働者たちの世界だけが忽然と姿を消したのである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 8
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 7
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story