コラム

「李克強指数」が使えないわけ

2015年10月16日(金)17時36分

 要するに「李克強指数」は鉱業や国有重工業の動向を探るには役に立つかもしれませんが、中国経済全体をこれで見ようというのは無理があるのです。

 こういうと次のような反論が返ってきそうです。「でも李克強が参照しているのだろ。『李克強指数』などナンセンスだということは、それを見ている李克強首相はバカだといいたいのか。」

 そうではありません。前の部分をもう一度読んでください。李克強氏は遼寧省トップだった時代に、遼寧省の経済状況を知るための手段として3つの指標を挙げたのです。遼寧省は石炭の有力な産地ですし、石炭と鉄鉱石を大量に使用する鉄鋼業などの重厚長大型産業が盛んな地域でもあります。だから「李克強指数」は遼寧省の経済状況を知るうえではある程度の有効性があります。しかし中国全体の経済動向をこれで見るのは無理です。首相になってからの李克強は当然違う数字を見ているはずです。

成長率は目標の7.0%を下回って現状はやや厳しい、という程度

 さて、2015年上半期のGDP成長率は過大報告らしいとしても、いったいいつからおかしくなったのでしょうか。私は数年前からどうも中国のGDP成長率の動きが小さすぎることが気になってきました。2012年7.7%、2013年7.7%、2014年7.3%、2015年上半期7.0%と、年単位でみても動きが小さいですし、四半期単位でも0.1%程度の変化しかありません。日本のGDP成長率が2013年度は2.1%、2014年度はマイナス0.9%と激しく動いているのとは対照的です。

 最近の中国ではGDP成長率がわずか0.1%下がっただけで景気が悪くなったような言われ方がされます。この流れで行くと、おそらく2015年通年のGDP成長率の公式発表は6.8%か6.9%になるでしょう。これは本当にその水準にあるというよりも、「目標の7.0%を下回って状況はやや厳しい」というメッセージを数字で表現したもの、と解釈すべきなのです。

 もっとも、最近の中国のGDP成長率は過大評価かもしれませんが、他方で私は中国のGDP統計では民間企業のダイナミズムが十分にとらえられていないのではないかとも思っています。そういう思いをますます強くした最近のエピソードをご紹介します。

 9月上旬に私はある地方で衛生陶器関連のメーカー7社を訪問しました。すべて民間企業です。企業の規模をつかみたいと思って、年間の生産額だとか生産量を尋ねますと、答えるのを嫌がったり、教えてあげるけど他に漏らさないでね、といくつかの会社で言われました。彼らは経営状況が悪いから答えたくないのではありません。工場見学もしましたが、昨今の景気減速のなかでも高い工場稼働率を維持しているようです。要するに、彼らは当局に対して売上額や利益額を少なく報告して節税しているので、本当は生産がもっと多いことを知られたくないのです。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日産、タイ従業員1000人を削減・配置転換 生産集

ビジネス

ビットコインが10万ドルに迫る、トランプ次期米政権

ビジネス

シタデル創業者グリフィン氏、少数株売却に前向き I

ワールド

米SEC委員長が来年1月に退任へ 功績評価の一方で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story