コラム

地方都市ほどMaaSが必要な理由とは? 4つの事例に見る社会実装の意義

2021年03月17日(水)18時00分

神戸市北区:地域住民、交通事業者、民間企業でつくるローカルMaaS

地域によっては民間事業者が事業としてサービスを提供することが難しく、鉄道・バス・タクシー・自転車シェアといったサービスがない地域はそもそも一からサービスづくりを始めることになる。

日本総合研究所は、地域のスマート化を目指し、地域住民、交通事業者、民間企業の三者によるローカルMaaS実装に取り組んでいる。また、「まちモビ」という地域における移動課題についての情報共有や仲間づくりを目的とした活動を行われている。

2020年度に実証実験を行ったのが、1973年に入居が始まったニュータウンで神戸市北区に位置する筑紫が丘エリアだ。このエリアは丘陵地のため坂道が多く、徒歩での移動に困難や不安を感じる高齢者が増えている。

地域住民で結成したNPO法人「まちなか☆モビリティー神戸北」が、停留所の場所を選定し、スマートフォンのアプリ(まちモビ☆アプリ)から予約ができない住民のために電話受付業務を行ったり、会員募集を担ったりしている。神鉄タクシーは運行業務全般を担うとともに運行主体として必要な申請を実施。三井住友カードがキャッシュレス決済機能、みなと観光バスが車両の位置表示機能をそれぞれ開発し、ダイハツ工業が車両部分を担うなど、ローカルMaaSに必要な役割を複数の民間企業が分担して果たしている。

データ活用と「日本版運輸連合」に活路

少子高齢化による人口減少やコロナ禍にあえぐ地方の公共交通に共通する悩みとして、1社で課題に対処できない経営環境が挙げられる。こうした事情から地域の移動手段が連携する必要性を感じ始めている。また地域の移動に関するデータを集め、サービス向上を目指す点も一致している。

日本では民間の交通事業者が公共交通を支えてきた。各移動手段が競い合って切磋琢磨してきたことから、地域全体の移動について連携する体制がこれまでは弱かった。

一方欧州では、日本よりも先に自動車からの公共交通のシェア回復に取り組んでおり、行政や移動サービス提供者同士が連携し、運輸連合、運賃同盟、部分的な提携といった体制を築いている。輸送モード間の垣根を意識させない共通運賃制度の採用、物理的および時間的な抵抗を感じさせない乗り継ぎなど、移動サービス全体の質を高める取り組みを行ってきた。

こうした運輸連合の存在が、共通プラットフォームづくりや利用者への情報提供をスムーズにしてきた。

地域でのエコシステム構築を謳うMaaSに取り組むことは、すなわち地域ごとに「日本版運輸連合」を構築するということではないだろうか。その体制があってこそ、デジタルデータを用いた路線の編成、サービスの向上、利用者への情報提供が可能となる。これまで事業者間の連携を阻んでいた独占禁止法の壁も、2020年の新法制定により路線再編や運賃プールに関する適用除外制度ができたことで取り除かれた。

住民の高齢化に直面しているような地域には、こうした取り組みやサービスによって解決すべき課題が多い。

住民が強制されることなく主体的に参画し、自動車を持たない人でも安心して暮らすことができるように協働するMaaSは、大都市よりもむしろ地方都市にこそ必要な動きと言っても過言ではないだろう。

ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

楠田悦子

モビリティジャーナリスト。自動車新聞社モビリティビジネス専門誌『LIGARE』初代編集長を経て、2013年に独立。国土交通省の「自転車の活用推進に向けた有識者会議」、「交通政策審議会交通体系分科会第15回地域公共交通部会」、「MaaS関連データ検討会」、SIP第2期自動運転(システムとサービスの拡張)ピアレビュー委員会などの委員を歴任。心豊かな暮らしと社会のための、移動手段・サービスの高度化・多様化とその環境について考える活動を行っている。共著『最新 図解で早わかり MaaSがまるごとわかる本』(ソーテック社)、編著『「移動貧困社会」からの脱却 −免許返納問題で生まれる新たなモビリティ・マーケット』(時事通信社)、単著に『60分でわかる! MaaS モビリティ革命』(技術評論社)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

BofA、生産性や収益向上へAIに巨額投資計画=最

ワールド

中国のレアアース等の輸出管理措置、現時点で特段の変

ワールド

欧州投資銀、豪政府と重要原材料分野で協力へ

ワールド

新たな米ロ首脳会談、「準備整えば早期開催」を期待=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 8
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story