コラム

トランプが国民に銃を向ければアメリカは終わる

2020年06月04日(木)14時50分

ホワイトハウス周辺の秩序維持のため到着、デモ隊の前を通り過ぎた米軍兵士(6月4日) Joshua Roberts-REUTERS

<天安門事件を非難してきたアメリカが自国民の抗議デモを武力鎮圧すれば、アメリカの連邦制や民主主義は崩壊しかねない>

「彼はわれわれを分断しようとしている」----マティス前国防長官はこのように述べ、かつての上司をナチスになぞらえて、白人警官が黒人市民を死亡させたことに抗議するデモが全米に広がる中、これを米軍によって鎮圧しようとするトランプ大統領の対応を痛烈に批判した。マティスは、後任のエスパー国防長官がデモの行われている市街地を「戦場」とみなし、米軍がこれを「制圧」する準備ができていると発言したことも、軍の存在意義をおとしめるものだとしている。マティスはトランプらを合衆国憲法に対する脅威とみなしているのだ。

全米に広がる抗議デモのほとんどは平和的なものであるが、一部が暴徒化し、略奪や破壊行為が行われている。トランプはこれを「国内テロ」とみなし、「襲撃は銃撃につながる」とこれを鎮圧する姿勢を示していたが、6月1日に、各州知事の対応が不十分であれば、連邦軍を秩序回復のために派遣する準備があると発表した。これをうけて、首都ワシントン近郊の米軍基地には、陸軍の緊急展開部隊である第82空挺師団など1600人の米軍が配備された。3日に、エスパーは米軍をデモ鎮圧に投入することには反対だと述べ、ペンタゴンも招集した米軍の撤収を命令したが、ホワイトハウスの指示で撤収が撤回され、米軍は当面ワシントン近郊に留まる見込みだ。トランプは、すぐに軍を投入することはないとしているものの、今後の情勢次第ではその可能性は否定できない。

「法と秩序」の大義名分

トランプは、各州の知事に対して、大量の州兵を投入して暴動を早急に「制圧」するよう要請しているが、それは州兵が州知事の指揮下にあるからだ。例外的に、コロンビア特別区としてどの州にも属さない首都ワシントンでは、大統領が州兵を指揮する。1日には、トランプがホワイトハウス近くの教会を訪問する前に、司法省や内務省など連邦政府所属の部隊と並んで、州兵が周辺のデモ隊を催涙ガスやゴム弾を使って退散させている。また、同日夜には、ワシントン上空で州兵のヘリコプターが低空飛行し、デモ隊を威嚇する様子もみられた。トランプは、自由に州兵を動かせるワシントンで、自らが法と秩序を維持する大統領であることを示そうとしているのだろう。

では、トランプは本当にデモを鎮圧するために米軍を投入し、市民に銃を向けるのだろうか。連邦政府に属する米軍は、1878年の民警団法(Posse Comitatus Act)によって、米国領域内で治安維持を行うことが禁じられている。ただし、1807年の反乱法(Insurrection Act)を発動すれば、大統領が州兵を自らの指揮下に置くか、連邦軍を治安維持のために派遣することができる。制定当初は州議会か知事からの要請がある場合に限られていたが、1956年の法改正によって、州知事の同意がない場合も、大統領が必要と判断すれば派遣が可能となった。

プロフィール

小谷哲男

明海大学外国語学部教授、日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障政策、日米同盟、インド太平洋地域の国際関係と海洋安全保障。1973年生まれ。2008年、同志社大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。米ヴァンダービルト大学日米センター研究員、岡崎研究所研究員、日本国際問題研究所研究員等を経て2018年4月より現職。主な共著として、『アジアの安全保障(2017-2018)(朝雲新聞社、2017年)、『現代日本の地政学』(中公新書、2017年)、『国際関係・安全保障用語辞典第2版』(ミネルヴァ書房、2017年)。平成15年度防衛庁長官賞受賞。

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