コラム

「規則は自分たち以外に適用される」...カタールW杯めぐる疑惑で見えてきたEUの深すぎる闇

2022年12月14日(水)17時26分

カイリ氏の父親宅、カイリ氏と夫が共同で保有するアパートからも約15万ユーロ(約2160万円)、ホテルの部屋からスーツケースに入れられた数十万ユーロなど計約90万ユーロ(約1億3000万円)が見つかったとされる。カイリ氏は欧州議会で行われた決議の結果、賛成625票、反対1票、棄権2票で副議長職を剥奪された。

昨年、欧州議会は「職務権限の自由」を侵害するとして、データベースに登録されたロビイストだけに議員(5年に1度の選挙で選出)の面会を制限する腐敗防止策を拒絶した。一方、行政執行機関である欧州委員会の高官(EU官僚)についてはすでに厳格な条件付きでロビイストとの面会を認める原則が導入されている。

欧州議会議員に高い規範を求める声

欧州議会議員には訴追を心配することなく政治活動に専念できる外交特権が与えられている。移民労働者や性的マイノリティなどの人権問題で批判されるカタール絡みの金銭スキャンダル発覚に欧州議会議員に高い規範を求める声が改めて上がった。欧州議会は事件の影響を回避するため、カタール国民にEUへのビザなし渡航を認めるかどうかの投票を延期した。

欧州議会の議員活動に対する監視は甘く、EU域外の国の関係者が公的な記録を残さなくても議員と面会できることから「腐敗の温床」になると以前から指摘されていた。欧州議会以外でも欧州委員会や欧州理事会に勤務した後、私利私欲のため退職してEUと利害関係のある民間にさっさと天下りする高官が後を絶たない。

腐敗や汚職防止に取り組んできた国際NGO、トランスペアレンシー・インターナショナルは長年にわたり「欧州議会の誠実さと不正防止に関する規則は不十分だ」と指摘してきたが、無視され続けてきた。トランスペアレンシー・インターナショナルEUのミヒエル・ヴァン・ハルテン事務局長はこう指摘する。

「欧州議会のこれまでの汚職疑惑の中でも最悪のケースかもしれないが、今回の事件だけが特別なわけではない。何十年にもわたり欧州議会は甘い財務規則と統制、独立した(あるいは全くない)倫理的監視の欠如が相まって不処罰の文化を蔓延させてきた。多くの意味で欧州議会はそれ自体が法律と化し、自浄作用を失っている」

「倫理と誠実さのルールは自分たち以外に適用される」

ハルテン事務局長は「説明責任を向上させようとする真摯な取り組みは議員の大多数の同意の下、欧州議会の支配層によってことごとく阻止されてきた。最近、欧州議会の新事務総長を任命するために行われた裏取引は倫理と誠実さのルールは自分たち以外にだけ適用されるべきだと考える体質の象徴だ」と語る。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア新型ミサイル攻撃、「重大な激化」 世界は対応

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P1週間ぶり高値 エ

ビジネス

NY外為市場=ドル1年超ぶり高値、ビットコイン10

ワールド

再送-ゲーツ元議員、司法長官の指名辞退 買春疑惑で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story