なぜテレワークは日本で普及しなかったのか?──経済、働き方、消費への影響と今後の課題
さらに、テレワークの普及は、企業に対して、都心に集中しているオフィスなどの需要を減らす代わりに、従業員の住まいに近い郊外のオフィスの需要を増やす選択肢を提供した。企業は、地代や賃貸料が高い都心のオフィスを売却・縮小し、都心から離れた郊外にサテライトオフィスを設けたり、シェアオフィスを借りることで経費を節約することができる上に、従業員の利便性を高めることができる。
実際、このような動きは海外の企業を中心に広がっている。カナダのウォータールーに本社を置いているITプロバイダーのオープンテキストは、今年の4月に、世界に120あるオフィスの半分以上を再開しないことを決めた。日本でも、東京千代田区に本社があるベンチャー企業「エネチェンジ」が、テレワークの実施により従業員の業務効率が上がったと判断し、今年の5月にオフィスの一部を解約すると発表した。
4. 今後の課題
現在、日本では、新型コロナウイルスという誰も予想しなかったウイルスの感染拡大の影響で、テレワークが急速に普及している。テレワークの普及は、日本政府が推進している働き方改革を推進するためにも望ましいことである。但し、今後テレワークをより普及させるためには、解決すべき課題も多い。その主な内容は次の通りである。
1)業務の電子化の推進
ハンコや紙書類中心の業務を電子化する必要があるが、その牽引役は行政機関が担当すべきである。行政機関の電子化が進むと、行政機関へ出向くための移動時間や待ち時間を節約でき、24時間365日いつでも申請や届出ができるので、企業の生産性向上に繋がる。また、行政機関の業務の電子化は民間企業側の業務の電子化も求めることとなり、これを契機として民間企業の業務の電子化も加速していくであろう。
政府と経団連、経済同友会、日本商工会議所、IT(情報技術)やサービス業で構成する新経済連盟は、7月8日に内閣府で開かれた会合で、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、今後、書面、押印、対面作業の削減を目指していくことを主な内容とする共同宣言を発表した。政府は、各省庁が行政手続きのデジタル化が実現できるように、年内に制度の見直しを検討しながら法令の改正などを行う方針である。民間企業に対してもテレワーク推進等の観点から、押印の廃止や書面の電子化を推進する。
2)通信環境を改善するためのインフラの整備と社員の出費増加に対する支援制度の拡充
会社で勤務することと同じ成果が出せるように、VPNの増設や通信ソフトウェアの購入・更新等、通信環境を改善するためのインフラ整備を急ぐことが望ましい。また、テレワークへの移行で発生する社員の出費、例えば、携帯電話やWi-Fiの利用料、光熱費の増加、モニターやウェブカメラなどパソコンの周辺機器と椅子などの購入費等を企業が支援することを考える必要がある。
株式会社アイ・グリッド・ソリューションズが5月に実施した調査によると、テレワークを始めた人の3月15日から30日間の電気使用量は、前年同期比で平均36%(料金に換算すると1700円)増加したことが明らかになった。政府による緊急事態宣言により、半強制的にテレワークを実施した現時点で社員の出費を負担する企業はまだ少ないものの、今後、テレワークが継続的な勤務形態として定着して、オフィスにおける勤務と同じ成果を求められると、テレワークにより発生する社員の経済的負担の一部を企業が負担せざるを得ないかも知れない。
加えて、自宅で仕事をする期間が子供の休暇期間と重なって仕事に集中することができない点などを考慮して、サテライトオフィスやシェアオフィスを提供するなど、オフィスでの勤務と同じ成果が出せるように多様なサポートをする必要もある。
3)セキュリティ対策の徹底と、人を信じる企業風土の構築
テレワークの最も大きな問題点として挙げられているのが、情報漏洩のリスクである。企業としては、機密情報が漏洩しないようにセキュリティ対策を徹底すると共に、会社と社員の信頼関係の崩壊により情報漏洩が発生しないように、何よりも人を大事にする経営方針や企業風土を構築・維持することが重要である。
4)評価システムの整備と評価者に対する教育の徹底
テレワークは、対面でのコミュニケーションの量が減り業務プロセスが見えにくいので、評価が難しいという問題を抱えている。欧米の会社は、職務給を基本にしているので、働く場所に関係なく職務に対する成果を評価すればいいが、日本の場合はそれが難しい。さらに、テレワークに対する評価基準もない会社が多く、その結果、テレワークを実施したことが評価に不利に作用するケースも少なくない。
今後テレワークが普及し、より多くの人がテレワークを行うことを考慮すると、テレワークに対する評価基準を設けることが重要である。また、評価を行う評価者が客観的な基準により公正な評価ができるように、評価基準を理解・熟知させるための教育も行わなければならない。
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