コラム

なぜテレワークは日本で普及しなかったのか?──経済、働き方、消費への影響と今後の課題

2020年07月13日(月)12時55分

5)長時間労働防止対策の実施

長時間労働を防止するための対策を講じることも重要である。テレワークの最も大きな問題の一つが長時間勤務に繋がりやすいことである。自分は家でさぼっていないことを証明することを、また会社にいた時と同じ成果を出すことを意識しすぎると、長時間労働や深夜労働を頻繁に行うことになる。そのまま放置すると過労死等の問題につながる恐れがある。

従って、会社としては、働いている状況を可視化するための工夫が必要である。一部の会社では、始業時間と終業時間をメールで上司に報告する、クラウド型の勤怠管理サービスを利用して打刻時間を把握する、メールやメッセージの送信時間を制限するなどの対策を実施しているものの、「隠れ残業」まで把握することは不可能である。時間の使い方に対する社内教育を、管理者及び従業員の双方に徹底するなど、無意識のコンプライアンス違反を防止するための対策を綿密に行う必要がある。

6)中小企業に対する支援拡大や雇用形態による働き方の格差の解消

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、テレワークや在宅勤務制度を実施しようとする企業が増加しているものの、大企業に比べて情報共有ツールや通信機器が整備されず、他のオフィスや施設を利用することが難しい中小企業にとって、テレワークは「高嶺の花」である可能性が高い。厚生労働省や自治体の助成金を使えば、初期投資を大幅に抑えられるものの、助成金が提供されてもなかなか手が届かない中小企業が多いのが現状である。

さらに、正規労働者に比べて、パートやアルバイトのような非正規労働者のテレワークの利用率は低く、雇用形態による働き方の格差も発生している。大企業と中小企業の間に、また、正規労働者と非正規労働者の間に、働き方の格差という新たな格差が生まれないように、慎重な議論と対策を考える必要があろう。

損害保険ジャパンが6月初に全国の20歳以上の男女を対象に実施したアンケート調査によると、在宅勤務を実施した人の約7割弱が、今後の働き方を変えたいと回答した(在宅勤務を積極的に活用する(40.9%)、時差出勤する(26.6%)。日立製作所は、来年4月から在宅勤務を標準的な働き方にすると発表した。

在宅勤務に必要な光熱費などを1人あたり月3000円補助する制度を6月から新設し、モニターや机など自宅で仕事するための機材の購入も補助する方針である。富士通も、当面は在宅勤務を基本とし、出勤者は最大25%程度に抑える考えを示した。

テレワークの実施は、感染拡大防止のための半強制的な措置ではあったが、結果的には、テレワークに関する企業や労働者の意識を大きく変えたといえるだろう。労働者は、通勤時間を節約し、家族と過ごす時間を増やしたり、自己学習の時間を充実させることができたので、テレワークに対する満足度が上昇した。このような満足は、実際にテレワークを実施して、初めて経験できたのであるだろう。

テレワークの実施が、労働者の生産性向上につながるとともに企業の利益を増加させ、また、女性や高齢者の労働市場参加へのインセンティブになり、労働力不足問題を解消させるとするならば、企業は従来の働き方に拘る理由はないと考えられる。これからは、テレワークがニューノーマルになる可能性が高い。テレワークの普及により、経済、働き方、消費がどのように変わるのか今後の動向に注目したい。

※本稿は、金 明中(2020)「なぜテレワークは日本で普及しなかったのか?
- 経済、働き方、消費への影響と今後の課題 -
」基礎研レポート、ニッセイ基礎研究所2020年7月13日を転載したものである。

参考文献
・株式会社アイ・グリッド・ソリューションズ(2020)「新型コロナ対策によるテレワークと電気代の関係性に関する調査」2020年5月15日
・金 明中(2020)「テレワークを大企業の特権で終わらすな」ニューズウィーク日本版、2020年3月13日
・損保ジャパン(2020)「働き方に関する意識調査」2020年6月5日
・第一生命経済研究所(2018)「テレワークの経済効果~通勤時間の損失を減らせ~」
・第一生命経済研究所(2018)「テレワークの経済効果~通勤時間の損失を減らせ~」2018年4月26日
・第一生命経済研究所(2020)「テーマ:テレワークのマクロインパクト」2020年4月27日
・内閣府「令和2年5月実施調査結果」2020年5月29日
・総務省(2018)『情報通信白書平成30年版』
・総務省(2020)「令和元年通信利用動向調査」
・総務省(2020)「家計調査(二人以上の世帯)2020年(令和2年)4月分」2020年6月5日
・freee(2020)「テレワークに関するアンケート調査」2020年4月13日
・パーソル総合研究所(2020)「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査:第二回調査」
・みずほ総合研究所(2018)「テレワークの経済効果:普及のカギは業務の見える化とテレワークの権利化」
・楽天インサイト株式会社(2020)「在宅勤務に関する調査」2020年4月30日

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ポーランド鉄道爆破、関与の2人はロシア情報機関と協

ワールド

米、極端な寒波襲来なら電力不足に陥る恐れ データセ

ビジネス

英金利、「かなり早期に」中立水準に下げるべき=ディ

ビジネス

米国株式市場=S&P4日続落、割高感を警戒 エヌビ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story