コラム

なぜテレワークは日本で普及しなかったのか?──経済、働き方、消費への影響と今後の課題

2020年07月13日(月)12時55分

5)テレワークに適していない業務の存在

五つ目の理由は、テレワークに適していない業務が存在していることである。テレワークは、女性と高齢者、そして障がいを抱えている労働者の継続雇用を可能にするとともに、生産性の向上、企業のイメージ向上、オフィス関連支出の削減、ワーク・ライフ・バランスの実現、感染症リスクの回避など、多くのメリットがあるものの、すべての業務に適しているわけではない。

特に、設備及び機械を必要とする製造業や、現場での作業が多い建設業、高齢者介護施設や医療施設、運送業、サービス業などの場合は、テレワークを実施することがなかなか難しい。総務省の調査によると、2019年時点でのテレワークを導入していない最大の理由は、「テレワークに適した業務がないから」が71.3%で、2番目の「情報漏洩が心配だから」の22.3%を大きく上回った。

テレワークを導入しない理由(2019年)
Kim200713_2.jpg


3. テレワークで変わる経済、働き方、消費

国際通貨基金(IMF)は、2020年4月に発表した世界経済見通しで、2020年の世界経済の成長率はマイナス3.0%(日本はマイナス5.2%)になり、1930年代の世界恐慌以降で最悪の景気後退に直面すると予測した。また、6月末に公表した世界経済見通しでは今年の世界経済の成長率をマイナス4.9%と予測した(日本はマイナス5.8%)。4月の予測値より1.9ポイントも低い数値である。今後、新型コロナウイルスのワクチンや治療薬が開発され、新型コロナウイルスが終息を迎えるまでは、世界経済が元の状態に戻ることを期待することは難しいだろう。

新型コロナウイルスとの闘いが長期化することが予想されるなかで、政府は、労使団体や業種別事業主団体などの経済団体に対し、「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」に基づき、まん延防止のために外出の自粛、イベント等の開催制限、施設の使用制限とともにテレワークや時差出勤などの実施を要求した。

では、テレワークの普及は経済にどのような影響を与えるのだろうか。日本におけるテレワークの経済効果に対する分析は、主に通勤時間の削減に注目して行われている。第一経済研究所は2018年の報告書で、東京に約262万人が通勤することによる機会損失は、8.6兆円に達するとの分析結果を発表した。

また、262万人の中で、テレワークを利用する人が増えていくと、その分機会損失は減少し、経済にプラスの効果を与えることや、テレワークにより通勤等が減って自宅で仕事ができるようになると、少子化に歯止めをかける効果が期待できることを提案した。

みずほ総合研究所は、2018年の調査で、テレワークをすることで通勤時間を削減すれば、GDPを約4,300億円押し上げる効果があると推計した。また、女性や高齢者が労働市場に参加し、個人とチームの生産性が向上すれば、経済効果はさらに大きくなる可能性があると分析した。

実際に、テレワークの普及は、現在日本が直面している労働力不足の問題を解消するのに効果があると考えられる。日本における15~64 歳の生産年齢人口の減少は著しく、2019年10月1日現在の生産年齢人口は7507万2千人で、前年に比べ37万9千人も減少した。生産年齢人口が全人口に占める割合は 59.5%と、ピーク時の1993年の69.8%以降、一貫して低下しており、今後もさらに低下することが予想されている。

生産年齢人口(15~64 歳人口)の推移
Kim200713_3.jpg

今後、テレワークが普及し、ワーク・ライフ・バランスが実現しやすくなると、今まで、家事や育児、そして介護が原因で労働市場に参加することを躊躇していたり、パートやアルバイトなどの短時間労働者として労働市場に参加していた女性が、より積極的に労働市場に参加できるようになるだろう。また、テレワークの普及は、高齢者がより長く労働市場に滞在することも可能にし、女性の労働供給とともに労働力不足解決にプラスの影響を与えると考えられる。

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story