コラム

なぜテレワークは日本で普及しなかったのか?──経済、働き方、消費への影響と今後の課題

2020年07月13日(月)12時55分

2)ハンコや紙書類中心の企業文化の残存

二つ目の理由として、ハンコ(印鑑)文化と紙書類中心の企業文化が強く残っていることが挙げられる。緊急事態宣言以降、不要不急の外出自制が要求され、多くの企業がテレワークを実施していたにも関わらず、FAXや紙の契約書類等に押印をするために出社する人が一定数いたことがマスコミの報道で明らかになった。自宅のパソコンで作業をしても最終的には紙に印刷をし、上司のハンコをもらって契約先などに送付しないと業務が完結しないため、出社するケースが多かったそうだ。また、取引先等から送られてきた郵送物を確認するために出社している人もいる。

一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)の調査によると、電子契約を採用している企業の割合(「複数の部門、取引先との間で電子契約を採用している(N対N型)」と「一部の取引先との間で電子契約を採用している(1対N型)」の合計)は、2017年から2019年にかけて、42.4%から44.2%へと少し上昇したものの、大きな変化はみられないのが現状である。

特に、大企業に比べて業務の電子化作業が遅れている中小企業の場合は、紙書類に押印をして決済をすることが多い。PDF変換ソフトのアクロバットリーダーで知られているアドビシステムズが、2019年9月に従業員数300人以下の企業を対象に、一般的な契約書の署名方法を聞いたところ、回答者の89.8%が「紙の書類にペン等で署名する」と回答した。電子サインソリューションを使用しているという回答は3.9%にとどまり、中小企業における電子サインソリューションの普及はこれからという結果となった。

また、会計ソフトを開発・提供する「freee株式会社」が、2020年4月に1~300名規模のスモールビジネス従事者1146人に対して実施したアンケート調査によると、テレワーク中でも出社が必要な主な理由として、「取引先から送られてくる書類の確認・整理作業」(38.3%)、「請求書など取引先関係の書類の郵送業務」(22.5%)、「契約書の押印作業」(22.2%)などが挙げられており、ハンコや紙書類文化の残存が原因で多くの人が出社していたことが分かる。

3)セキュリティに対する不安と財政負担の増加

三つ目の理由は、セキュリティへの不安や、システムの構築および装備の導入に伴うコストの増加とそれに対する財政負担が大きいことである。テレワークでは、会社以外に労働者の自宅やサテライトオフィス等で業務を行うため、セキュリティ対策が必須である。しかしながら、セキュリティを強化するためには、システムを補完する必要がある。

さらに、オフィス以外の場所での勤務を可能にするためには、レンタル用のノートパソコンや無線wifiを提供したり、サテライトオフィスやシェアオフィスを用意する必要があり、そのためには企業の財政的な負担が増加することになる。

第一生命経済研究所は4月、在宅勤務を導入する企業の負担額が年間1兆3千億円に上るという推計結果を発表した。在宅での遠隔会議の初期費用は、1社平均で年間490万円に至る。政府や自治体からの助成制度があったとは言え、中小企業にとっては大きな負担であることに違いない。

4)設備や機器の不足

四つ目の理由は、テレワークを実施するための設備や機器が不足している点である。政府が緊急事態宣言を発令して以降、多くの企業が一度にテレワークを実施または拡大しようとした結果、供給が需要の伸びに追いつかずボトルネックが発生している。需要が急増することにより、通信を暗号化して情報の漏洩を防止するVPN(仮想専用線)の増設作業が間に合っていない。

その主な理由としては、テレワークで使用する専用機器の供給が需要に追いついていないこと、ネットワーク技術者が不足していること、コンピュータの需要が供給を大きく上回っていることなどが挙げられる。

プロフィール

金 明中

1970年韓国仁川生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科前期・後期博士課程修了(博士、商学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年からニッセイ基礎研究所。日本女子大学現代女性キャリア研究所客員研究員、日本女子大学人間社会学部・大学院人間社会研究科非常勤講師を兼任。専門分野は労働経済学、社会保障論、日・韓社会政策比較分析。近著に『韓国における社会政策のあり方』(旬報社)がある

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