コラム

台湾・半導体TSMCの誘致が、日本経済の復活と賃上げをもたらす

2021年11月09日(火)18時12分
TSMC

TYRONE SIUーREUTERS

<日本が目指すべきは、世界1位の労働生産性を達成したアイルランド型の「身の丈に合った」成功モデルだ>

半導体受託生産(ファウンドリー)の世界最大手・台湾積体電路製造(TSMC)が日本初となる工場を熊本県に建設する。日本の半導体産業はほぼ壊滅状態となっており、このままでは半導体メーカーに部材や装置を提供する国内メーカーの存続も危うくなる。政府はこうした事態を防ぐため、数千億円の資金をTSMCに提供することで、同社の日本進出を取り付けた。

外資系企業を誘致して国内雇用を創出するというのは、典型的な途上国の産業政策だが、国際競争力を失った日本にとっては現実的な選択肢といってよい。

日本の産業政策はターゲティング・ポリシーと呼ばれ、特定の産業分野に対して補助金や税制などで支援を行い、競争力を強化するというものだった。どの分野が有望なのか事前に政府が決めるというのは計画経済的な手法であり、高度なイノベーションを必要とする現代社会では通用しないというのが世界的なコンセンサスとなりつつある。

ところが日本政府はこの手法に固執し、国際競争力を失った半導体産業に対しても同様の施策を適用。国策半導体メーカーを発足させるなど巨額の支援を行ったものの、成果はほぼゼロという状況だった。

政府はこの現実にようやく気付き、外国の優れた企業を国内に誘致するという現実的な戦略に切り替えた。今回のTSMC進出はその最初の案件である。

古い世代の工場を誘致する意味

今回、TSMCが日本に建設するのは回路線幅が22ナノメートルと28ナノメートルの製造ラインで、最先端技術は一切、使われていない。半導体メーカーに付随する国内企業やその雇用を守るため、古い世代の工場を誘致するという途上国的な手法に対しては、一部から批判の声も上がっている。だが、主要先進国の地位から脱落しつつある日本経済の実力を考えれば、今回のような現実的政策を模索することは重要だと筆者は考える。

過去30年間、日本経済は全く成長することができず、賃金が上昇しないことから消費が低迷し、貧困者が増えている。賃金を上げるためには原資が必要であり、今の日本企業にはそれを生み出す余力がない。たとえ外国企業であっても日本国内に事業所があれば、その分だけ確実に国民の所得は増え、消費と設備投資の拡大をもたらすだろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザで戦争犯罪容

ビジネス

米中古住宅販売、10月は3.4%増の396万戸 

ビジネス

貿易分断化、世界経済の生産に「相当な」損失=ECB

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、4
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story