コラム

経済学的に考えればわかる、TPP合意の理由と影響

2015年10月20日(火)16時45分

 一概には言えないが、経済規模が大きく、産業構造が柔軟で、雇用の流動性が高い国は、TPPという枠組みの中で有利に振る舞うことができる。具体的には米国のような国はTPPを締結するメリットが大きいだろう。米国は今回の合意に際してかなり譲歩しているが、大幅な譲歩を行ってまでTPPを締結したということは、それだけ米国にとってメリットが大きいと考えているからである。

 本来であれば、日本もメリットが大きい側に入ることになる。TPP圏内における日本と米国のGDP(国内総生産)は全体の8割に達しており、両国を合わせれば圧倒的な経済規模である。米国ほどではないが、日本は相対的に付加価値の高い産業が多く、途上国に比べて産業選択の余地が大きい。ただ、日本の場合、雇用の流動性が著しく低下しており、産業構造が硬直化しているという問題がある。比較優位な産業へのシフトには雇用の移動が伴うが、現在の日本において、雇用面で影響のある産業構造の転換はなかなか受け入れられないだろう。

 しかし、だからといって、TPPへの加盟を拒否すればよいのかというそういうわけにもいかない。TPPは域内から見れば自由貿易圏だが、域外から見ればブロック経済圏ということになる。域外と域内の取引は非常に不利であり、日本がこの枠組みから外れてしまうと、さらに大きな経済的損失を被ることになる。

 域内と域外で大きな違いを設定しているのは、今回の合意の先には中国という存在が視野に入っているからである。中国はこのままでは不利な取引を強いられるので、かなりの確率でTPPに参加してくる可能性が高い。一方、米国は現在、欧州と米国の自由貿易協定である米欧FTA(自由貿易協定)の交渉をスタートさせている。最終的には全世界がひとつの枠組みで統一される可能性が見えてきている。

 少なくとも経済学的な観点では、自由貿易協定には積極的に参加し、可能な限り得意な産業を伸ばした方が得策ということになる。不得意な産業については、過剰に保護せず、不利になる従事者には別な形で支援する方がよい。あくまでこれは経済学的な観点であって、特定産業を何としても維持したい、変化を受け入れたくないといった情緒的なニーズの解決策にはならないが。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story