コラム

若者の未熟さと「イスラム復興」の契機【アラブの春5周年(中)】

2016年02月16日(火)16時44分

イスラム系政党が議会選挙で勝利

 エジプトでは2011年の暮れに革命後初の議会選挙があった。ムスリム同胞団がつくった「自由公正党」が43%の議席をとって第1党となり、ヌール党というイスラム厳格派のサラフィー主義政党が25%の議席で第2党となった。イスラム政党で議席の3分の2を占めた。このようにイスラム政党が第1党になるのは、革命後のチュニジアでも同じで、チュニジアではムスリム同胞団の流れをくむ「ナハダ運動」が、同じく43%の議席を占めた。

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2012年6月、エジプトの大統領選挙の決選投票の後、タハリール広場を埋めたムスリム同胞団系のムルシ候補支持の群衆=川上泰徳撮影

 このような革命後のイスラム政党の躍進について、欧米や日本では、自由を求める若者たちが始めた革命をイスラム主義者が「盗んだ」というような見方が出た。しかし、政治の世界でイスラムの実現を掲げて秩序を回復しようとしたのが、ムスリム同胞団であり、サラフィー主義の政党だったのだから、当時は、人々の期待を担ったイスラム政党が選挙で勝利するのは自然なことに思えた。

「アラブの春」を主導した若者たちは、ムバラク時代から草の根的な貧困救済運動を通して、組織的な選挙をする基盤をつくっていたムスリム同胞団を旧体制と見ていた。同胞団はムバラク辞任の後は「秩序回復」を掲げ、軍や旧勢力とも妥協する姿勢を見せた。「革命継続」を標語とする若者たちからみれば同胞団は「反革命」勢力だった。「アラブの春」の本質が、「若者たちの反乱」であると考えれば、親たちや年配者にとっては、デモを続ける若者たちの行動は暴走や逸脱と見えたことだろう。年配者が総選挙でムスリム同胞団を支持したのは、イスラムを掲げる同胞団が「若者の反乱」を終わらせることを期待した結果だとも思える。

若者たちは選挙に不信感

 逆に、私が意外だったのは、革命の時にタハリール広場を埋め尽くした若者たちが選挙に真剣に取り組もうとしなかったことだ。SNSでつながる新世代である若者たちには、選挙活動でも新たな手法を生み出すのではないかと期待したが、彼らは「革命継続」を唱えてデモを続けるばかりで、選挙には強い不信感を抱いていた。革命で一躍有名になった若者組織「4月6日運動」は、選挙に参加しようとするグループと、参加しないグループに分裂し、主流派は参加しないグループだった。

 若者たちはデモという街頭政治で示威行動を続けた。彼らの政治に対する不信感は、長期の強権体制による脱政治化の中で植え付けられたものである。それは、愚民化政策と言ってもよいもので、若者たちには政治について議論するような経験が決定的に欠けていた。強権体制は政治指導者が民衆を政治の手段として動員して、力を誇示するものだが、強権体制を倒した若者たちが延々とデモを続けたのは、強権体制時代の動員政治の延長のように思えた。

 選挙に向けて、若者たちの間で、どのような社会をつくるのか、どのような政策を訴えて国民の支持を得るのかという議論がほとんど出てこなかった。そのような若者たちの姿勢には、長期強権体制に蔓延した政治の不毛さを見る思いがした。本稿の(上)で、「『アラブの春』の後、中東で半世紀以上続いた独裁体制や強権体制のひずみや矛盾が噴き出した」と書いたが、革命を主導した若者たちの政治的な未熟さも、その一部である。

軍の介入で抑え込まれたイスラム勢力と若者たち

 エジプトでは2012年6月の大統領選挙でムスリム同胞団出身のムルシ大統領が選ばれて、初めての民選大統領が生まれた。しかし、その1年後に、若者たちはムルシ大統領によるイスラム色の強い政策や同胞団に依存する政治に抗議してタハリール広場で大規模なデモを行った。その混乱に乗じて、当時のシーシ国防相(現大統領)が率いる軍がムルシ大統領を排除した。この軍のクーデターの動きを若者たちの多くが支持した。

 シーシ国防相が主導した暫定政権は同胞団を徹底的に弾圧しただけではなく、デモ規制法を制定して若者たちのデモも禁止し、4月6日運動のマーヘル代表ら、エジプト革命を代表する若者指導者3人をデモを行った容疑で逮捕し、禁固3年の実刑を下した。

【参考記事】アラブ「独裁の冬」の復活

【参考記事】残虐非道のエジプト大統領がイギリスで大歓迎

「アラブの春」で国民がやっと手に入れた民主主義を進めるという意味では、若者たちがムルシ政権を批判することと、軍が超法規的に政治に介入して民選大統領を排除することは、全く異なるレベルであるはずだった。しかし、反ムルシ・デモに集まった若者たちは、その差異を理解しなかった。軍の政治介入によって、エジプトの民主化は後退し、若者たちの政治的自由は抑え込まれる結果となった。

 長年の強権体制による政治の不毛や未熟さは、若者たちだけでなく、「アラブの春」後の選挙で勝利したムスリム同胞団の行動にも色濃く出てきた。同胞団の政治活動については次回取り上げる。

※【アラブの春5周年(下)】イスラム国は「アラブの春」の続きである

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『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』
 川上泰徳 著
 合同出版

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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